» シャープと鴻海のM&Aについて(M&A交渉の素材として)

テーマ鴻海(ホンハイ)によるシャープ買収について

2016年8月12日、日本のお家芸と言われる、家電大手のシャープが、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されました。鴻海精密工業は約3,900億円を出資。当初、シャープは産業革新機構からの出資を受け入れる見通しと言われていましたが、最終的に支援額を上積みした、鴻海精密工業に軍配があがりました。スマートフォンや薄型テレビなどの電子機器を受託生産するEMSで世界最大手である、鴻海精密工業の下で、シャープはこれからどうなっていくのでしょうか。

「シャープと鴻海のM&Aについて(M&A交渉の素材として)」

2016年12月7日
絹川恭久

弁護士
1979年愛知県生まれ、東京都出身。弁護士登録後、沖縄県内の法律事務所で民事、刑事、家事、地元企業関連法務等幅広く弁護士業務を経験した後、米国に留学。帰国後現在所属する弁護士法人キャストに参画し、2012年から現在まで香港拠点担当として香港に赴任する。 2014年12月にLi & Partners所属の香港ソリシターとして登録し、香港において日系企業の訴訟、買収・合弁契約等各種契約締結支援等、海外進出企業法務全般、及び日本人個人富裕層の海外資産管理、国際相続等グローバルな業務を取り扱う。 (著書:「国際弁護士が教える海外進出やっていいこと、ダメなこと」価格2600円+税)詳細はこちら→ http://u0u0.net/A2SH

2016年4月、鴻海精密工業によるシャープ買収の正式契約が発表されました。新聞等で報道されたところによると、同年2月25日にシャープが鴻海の買収案受入れを発表する直前に、3500億円に上るシャープの潜在的債務のリストがシャープ担当者から鴻海側に渡ったことを受けて鴻海が買収条件の変更を要求し、交渉の結果、当初買収条件での出資額4980億円から約1000億円を減額した3888億円の買収条件で、当初交渉期限より約一月遅れて合意が成立しました。

鴻海によるシャープの買収は、日本の家電大手が初めて外資に買収された事例ですが、M&Aの交渉の過程で日本側がいくつかの失点を重ね、結果として鴻海側に1000億円も買収価格を値切られてしまいました。完全に「部外者の後講釈」ではありますが、買収交渉の過程でもシャープがもう少しうまく対応していれば、こんなに値切られずに済んだのではないかと思います。リスト1通の提出が1000億円というとんでもなく高い代償につながりました。この失敗を他の日系企業の教訓として生かすため、シャープ買収を題材にM&A交渉で売り手側がどのように振舞うべきかについて、筆者なりの見解を述べたいと思います。

%e7%b5%b9%e5%b7%9d%e5%85%88%e7%94%9f%e5%af%84%e7%a8%bf%e8%b3%87%e6%96%991

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、M&Aにおける売り手側の情報管理の徹底は重要です。M&A交渉というのは、いかに友好的なものであるとはいえ、結局最後は売り手と買い手のシビアな価格交渉に帰結します。買収価格の決定には、対象となる会社を評価するための情報が決定的な要素になります。したがって、売り手としては買収相手に情報を提出する際にも、必ず論理と原則を持って提出の要否を判断すべきです。この点、報道によると、シャープが提出した潜在的債務リストは、経営陣の了解を得ずにシャープ担当者が「念のため」という程度の感覚で提出したとされています。そもそも「念のため」などという理由で会社の情報を出すこと自体間違っています。通常のM&Aでは、買収に先立って守秘義務契約等に基づいて被買収企業の買収監査(デュー・ディリジェンス)がなされますが、その過程で「提出義務のある」情報はすべて買収監査の段階で出しきるべきです。逆に買い手側から提出要求もなく、提出義務のない情報は出してはなりません。情報は「出すべき」「出すべきでない」のどちらかで判断すべきで、「念のため出す」という判断はありません。さらに、かかる事情からするとシャープ側の情報提出の判断が、経営陣ではなく個別の担当者に任されていたようにも見えますが、このように情報提出の判断権限者をばらばらにしてしまうのは情報管理の点からもいただけません。

 

s_vzjmcjwump8-edewaa-foster

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に、売り手側に不利益な潜在的債務の情報が買い手側の知るところとなったとしても、それで簡単に白旗をあげる必要はありません。「潜在的債務」といっても、地震が起きるとか、戦争がおきるだとかいった「当事者の支配が及ばない事情」で起きる損害も含めてしまうと、潜在的債務のない会社などおよそ世の中に存在しなくなってしまいます。そういった債務まで価格交渉に使われたら、買い手に安く買い叩かれるに決まっています。シャープ経営陣はこの点を粘り強く説得して、減額要求を拒むこともできたかもしれません。また、もう少し用意周到であれば、契約的手法で減額を防げたかもしれません。買収条件を提示させる前の段階で、事前にMOU(覚書)や条件提示のための枠組み契約などを締結しておき「買収監査で発見されない潜在的債務については価格評価の対象としない」とか、「買収条件提示後の条件変更はいかなる理由があっても一切認めない」などの条項をつけていれば、鴻海の後出しじゃんけんの減額要求を封じる(あるいは抑制する)こともできたはずです。

 

最後に、シャープが不本意にも1000億円の減額要求に応じざるを得なかったのは、結局のところ2月25日の段階で鴻海以外の買い手候補の選択肢がなくなっていたことが非常に大きいと思います。従前から鴻海と激しいシャープ争奪戦を繰り広げていた産業革新機構は、2月25日にシャープが鴻海の買収案受入れを決めたことを受けて交渉チームを解散しておりました。したがって、鴻海がどんなに無茶な減額要求をしても、シャープにはほかの代替案がない状態になっていました。シャープ側が「そんなに安い金額ならディールブレイクだ」といってみても、所詮ブラフに過ぎず足元を見られてしまいます。シャープは、鴻海に不利なリストが渡って減額要求がなされることが予想された時点で、買収先決定の発表を後伸ばしするなどして、産業革新機構を交渉のテーブルに留める努力をしておくべきでした。

 

結局のところ、鴻海によるシャープ買収の事例から見えてくるのは、交渉というのは法律やルールが決まった単純なゲームではない、ということです。相手の出方を予測してMOUや契約条件をしっかり準備しておく法律的な周到さと、いざ予想外の状況が起きたら果断に行動する現場判断の機敏性が要求されます。その点で、シャープの潜在的債務リストを得て即座に値引きの材料に利用した鴻海の経営陣は、シャープやその支援金融機関の一枚も二枚も上手でした。皆様にも、このような大企業のM&A交渉を他山の石とせず、中小企業経営者のM&A交渉の研究素材として十分に生かしていただければと思います。

 

 

その他専門家コラム

  • 「シャープと鴻海のM&Aについて」

    漆山伸一

    公認会計士

    公認会計士、税理士、証券アナリスト。監査法人トーマツ、デロイトトーマツコン サルティング合同会社を経て独立、漆山パートナーズ会計事務所(現税理士法人 漆 山パートナーズ)を設立。現在、株式会社アットタックの代表も務め、会計税務業 務、企業再生、事業承継、M&A、海外資産運用サポートなどのコンサルティング業務 にも多く携わる。その他、上場企業の取締役も歴任している。

  • 「シャープと鴻海」

    中島成

    弁護士

    昭和34年8月生 東京大学法学部卒 裁判官を経て昭和63年4月弁護士。中島成総合 法律事務所を主宰。日本商工会議所・東京商工会議所「会社法制の見直しに関する検 討準備会」委員、東京商工会議所「経済法規・CSR委員会」委員等を務める。平成 16年度まで中小企業診断士試験委員(経営法務)。全国地方銀行協会研修所などで の講演多数。『図解 会社法のしくみ』(日本実業出版社)『民事再生法の解説~企 業再生手続~』(ネットスクール)など著書多数。

  • 「鴻海(ホンハイ)は本当に大規模な人員削減をするのか?」

    中原 陸

    M&Aアドバイザー

    インクグロウ株式会社 事業戦略部 統括マネージャー 1983年5月生まれ 中小企業向けの経営コンサルティングに従事した後、2011年にバイアウトしたインクグロウに転籍。実施主義のコンサルティング経験を活かし、数多くのM&A案件の成約に関与。食関連事業を得意とし、業界への知見やM&A経験で支持を得ている。