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テーマ鴻海(ホンハイ)によるシャープ買収について

2016年8月12日、日本のお家芸と言われる、家電大手のシャープが、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されました。鴻海精密工業は約3,900億円を出資。当初、シャープは産業革新機構からの出資を受け入れる見通しと言われていましたが、最終的に支援額を上積みした、鴻海精密工業に軍配があがりました。スマートフォンや薄型テレビなどの電子機器を受託生産するEMSで世界最大手である、鴻海精密工業の下で、シャープはこれからどうなっていくのでしょうか。

「シャープと鴻海」

2016年12月7日
中島成

弁護士
昭和34年8月生 東京大学法学部卒 裁判官を経て昭和63年4月弁護士。中島成総合 法律事務所を主宰。日本商工会議所・東京商工会議所「会社法制の見直しに関する検 討準備会」委員、東京商工会議所「経済法規・CSR委員会」委員等を務める。平成 16年度まで中小企業診断士試験委員(経営法務)。全国地方銀行協会研修所などで の講演多数。『図解 会社法のしくみ』(日本実業出版社)『民事再生法の解説~企 業再生手続~』(ネットスクール)など著書多数。

1、(シャープの窮境)

平成27年3月、シャープは液晶市場の高精細化が進まず価格が下落したこと等によって最終純損失2223億円を計上し、翌28年3月も、中国市場向スマートフォン用液晶の販売減等によって2559億円の最終純損失を計上した。

そのような中、平成27年秋ころから株式の第三者割当による資金調達を模索し、シャープは、政府が95%超を出資するファンドである産業革新機構と台湾の鴻海精密工業との協議を重ねてきた。

【なぜ第三者割当か】

株式の第三者割当とは、株式を特定の者に発行して資金を調達すること。

シャープは自己資本比率(平成27年12月時点で8・6%)を向上させるため借入でなく株式発行が必要であったこと、また第三者割当であれば特定の第三者から契約に基づく払込が実行されるので資金調達の迅速性・確実性が高いことが、第三者割当が選択された理由。

 

2、(鴻海精密工業グループを選択)

平成28年2月25日、シャープは、鴻海精密工業グループ(以下「鴻海」)に対して第三者割当を行うことを取締役会で決議した。

【なぜ産業革新機構ではなく鴻海か】

一つは金額面。提案された出資額が産業革新機構3000億円、鴻海が4890億円と差があり、さらに鴻海は、シャープの主要金融機関であるみずほ及び三菱東京UFJが既にシャープから発行を受けていた株式の内、1000億円分を買い受ける、と表明した また、産業革新機構の提案がシャープのディスプレイ事業を他社であるジャパンディスプレイに統合させるというものであったのに対し、鴻海はシャープのディスプレイ事業そのものを強化する方針を示したのでシャープとしては受け入れやすかった。

加えて、日本航空への公的支援の内容等が問題にされた経緯や競争原理を維持するため、公正取引委員会が、政府系機関による再生支援は、民間の手に負えないケースで必要最低限の規模に限ること等の指針案を平成28年1月の段階で公表していた。このことも、産業革新機構の投資額や再生手法等に影響を与えた可能性がある。

 

3、(偶発債務精査とその後の減額)

鴻海は、鴻海と提携することについてのシャープ取締役会決議が行われた前日に届いたという、3500億円の偶発債務リストの精査を理由に、シャープとの契約延期を発表した(平成28年3月3日付日経新聞)。

その後平成28年3月30日、シャープは鴻海からの出資は、普通株式2888億円、種類株式1000億円の合計3888億円に減額されることについての取締役会決議を行った。

【偶発債務?】

シャープ自身は、この減額の理由は、平成28年3月期通期連結決算で売上高、営業利益にさらなる下方修正が加わったからと発表している。

この点、平成28年6月23日提出のシャープ有価証券報告書によれば、連結ベースにおける平成28年3月31日現在の偶発債務=今後発生する可能性がある潜在的な債務は、保証債務等合計312億円、見積もり困難な電気調達契約による損失(契約残高380億円)で、他には北米等で損害賠償訴訟が提起されている、とされている。しかし、前年の有価証券報告書でもほぼ同様の説明がされているので、これらが隠されていたとはいえない。

そのため、鴻海によるこの精査が、開示されないレベルの偶発債務の評価が問題視したものか、シャープには判明していた業績悪化を鴻海が十分把握できていなかったことによるものか、はっきりしない。

明らかなことは、この契約仕切り直しによって、1ヶ月の交渉で約1000億円鴻海の投資額が減額されたことである。しかしそれでも産業革新機構の提案額よりも約1000億円高額であること、既に産業革新機構ではなく鴻海に支援先を決定したと発表した後で引き戻しが困難だったことから、シャープにとってはやむを得ない選択だったと思われる。

【鴻海への種類株式発行】

シャープは、鴻海に、通常の株式(普通株式)のみならず1000億円分の種類株式を発行することにした。

「種類株式」とは、配当や残余財産分配、株主総会での議決権などについて普通株式と異なる内容の権利が与えられた株式のことである。会社法は、投資を誘因する等のため、定款に定めることで様々な権利内容の種類株式を発行することを認めている(108条)。

シャープが実際に鴻海に発行した種類株式は、普通株式の100倍の配当を受け、シャープが解散、倒産したときの残余財産分配についても普通株式の100倍の分配を受けるというものだった。他方、株主総会の議決権を持たず、また平成29年7月以降で、取締役会が定める日に、会社(シャープ)が種類株式1株に対し普通株式100株を交付することでその種類株式を取得できる、というものであった。

鴻海からすれば、普通株式の取得によってシャープの議決権の66・07%を有するので、種類株式で議決権を行使する必要はそもそもなかった。シャープがこの種類株式を鴻海から買い戻せるといっても、それは鴻海が支配する取締役会で定めた日である。そのうえ、対価として種類株式1株に対して普通株式100株を交付しなければならない。また配当等は、普通株式の100倍受けられるというものだから、鴻海にとって極めて有利な株式である。逆に言うと、シャープの背水を物語る種類株式なのである。

 

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4、(株主総会決議、東証第二部転落、株式発行実行と債務超過解消)

平成28年6月23日、シャープは、鴻海への株式発行等について株主総会特別決議を得ると共に、同日、東証から、債務超過を理由に第一部から第二部に指定替えされる通知を受けた(指定替え期日は平成28年8月1日)。

その後同年8月11日、中国当局の独占禁止法上の審査が完了したことから、翌12日、鴻海は株式対価の払込みを完了させ、シャープはこれによって債務超過は解消したと発表している。

【株式の有利発行と株主総会特別決議】

特定の株主に特に有利な価額(以下「有利価額」)で株式が発行されると、株価が下落したり会社支配権が希釈化するので既存株主に損害が生じる。そこで会社法は、有利価額で発行する場合は株主総会の特別決議が必要としている(199条、201条、309条)。

それでは、どれくらいの安値なら有利価額に当たるのだろうか。

日本証券業協会の指針では、株式発行を決議した取締役会の前日の株価より10%超下回る価格は、原則として有利価額に当たるとしている。シャープが鴻海に発行した普通株式の価額は88円で、株式発行を決議した取締役会の前日たる平成28年3月29日の株価は、終値130円だった。だから32%以上のディスカウントであって有利価額による発行である。

シャープは、種類株式も鴻海に発行した。この種類株式には市場価額がないため、評価についてコンサルタントの意見を得た。しかし、シャープはその評価額(一株1万2272円~1万3423円)から大幅なディスカウントをして(一株8800円)、鴻海に発行することにした。したがって、種類株式も有利価額での発行である。

なお、シャープは、鴻海に発行する種類株式より前にも資金調達のため金融機関に別の種類株式を発行していた。そのため、鴻海への株式発行については、これら種類株式の株主総会での特別決議も得ている。

【東証第二部への転落】

東証の有価証券上場規定では、市場一部の銘柄が事業年度の末日において債務超過であれば市場二部に指定替えされ(311条)、1年以内に債務超過を解消できなければ上場を廃止される(601条)。

株主総会当日に提出した有価証券報告書で、シャープは平成28年3月31日現在約854億円の債務超過だったことが確認された。そのため東証から市場第二部へ指定替えされたうえ、平成29年3月31日までの間に債務超過が解消されなければ上場が廃止されることになった。

しかし、シャープは、鴻海による払い込み実行で債務超過を解消したと発表しており、平成28年10月29日付日経新聞では、鴻海取締役からシャープの社長になった戴氏は、2018年の東証一部復帰に邁進する旨述べたと報道されている。

 

5、(最後に)

株式の第三者割当による増資というシャープと鴻海のケースは、強み(ディスプレイ事業)を持つ民間大企業が背水の苦境に陥ったときの一つの典型的な再生手法である。

シャープがどれだけ背水だったかは、鴻海との提携が発表された直後の平成28年3月31日の決算で巨額の債務超過が明らかになったこと、偶発債務の大きさ等を問題視されるや、それまでの情報開示でそれらが判明していなかったかなどの議論に時間を費やすことなく極めて短期間で1000億円もの減額に応じていること、100倍の配当を受ける種類株式の発行等の事実が物語っている。

産業革新機構との関係では、単に鴻海との再生の方向性や出資額の違いだけでなく、政府系ファンドのあり方も議論の対象となったことが記憶されるべきである。

また、このような背水の苦境の中で、主要金融機関が再生に果たす役割は大きく、それがシャープの意思決定にどのような影響を与えたのか、法的な観点を離れ、関心が持たれるところである。

                           (終)

平成28年12月5日

                      弁護士 中島 成

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    漆山伸一

    公認会計士

    公認会計士、税理士、証券アナリスト。監査法人トーマツ、デロイトトーマツコン サルティング合同会社を経て独立、漆山パートナーズ会計事務所(現税理士法人 漆 山パートナーズ)を設立。現在、株式会社アットタックの代表も務め、会計税務業 務、企業再生、事業承継、M&A、海外資産運用サポートなどのコンサルティング業務 にも多く携わる。その他、上場企業の取締役も歴任している。

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    絹川恭久

    弁護士

    1979年愛知県生まれ、東京都出身。弁護士登録後、沖縄県内の法律事務所で民事、刑事、家事、地元企業関連法務等幅広く弁護士業務を経験した後、米国に留学。帰国後現在所属する弁護士法人キャストに参画し、2012年から現在まで香港拠点担当として香港に赴任する。 2014年12月にLi & Partners所属の香港ソリシターとして登録し、香港において日系企業の訴訟、買収・合弁契約等各種契約締結支援等、海外進出企業法務全般、及び日本人個人富裕層の海外資産管理、国際相続等グローバルな業務を取り扱う。 (著書:「国際弁護士が教える海外進出やっていいこと、ダメなこと」価格2600円+税)詳細はこちら→ http://u0u0.net/A2SH

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    中原 陸

    M&Aアドバイザー

    インクグロウ株式会社 事業戦略部 統括マネージャー 1983年5月生まれ 中小企業向けの経営コンサルティングに従事した後、2011年にバイアウトしたインクグロウに転籍。実施主義のコンサルティング経験を活かし、数多くのM&A案件の成約に関与。食関連事業を得意とし、業界への知見やM&A経験で支持を得ている。