» アサヒビールの買収は高値づかみか?-「セールス型買収」の見地からみると

テーマアサヒビールが世界最大手のビール会社から一部事業を買収

2016年12月13日にアサヒビールが東欧のビール事業を買収することについて大筋合意したと発表しました。

興味深いのはその相手先がビール会社世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)という点です。

世界最大手が切り離す事業を、アサヒビールはどのような目的で買収するのでしょうか。

「アサヒビールの買収は高値づかみか?-「セールス型買収」の見地からみると」

2017年3月6日
川井隆史

公認会計士

当時世界最大級の会計・コンサル企業であったアーサーアンダーセン、米コカ・コーラやGEなどのグローバル企業で事業計画やM&A後のインテグレーション責任者など従事後、その経験を生かし外資系日本法人のCFOや上場ベンチャー企業の役員などを経て創業。現在ハンズオン・CFO・パートナーズ㈱ 代表取締役社長として PMI業務(買収後統合業務)や外資系企業・ベンチャー企業の外部CFO業務、経営改善・税務会計コンサルティングなどを行っている。

1.はじめに

後に詳しく述べますが、この東欧事業にあたってはアサヒビールがSABミラーの東欧事業を買収しましたが高値買いをしたと話題になっています。買収合意が伝えられた12月13日は一時6.4%下落となり、市場の評価はあまり好意的ではありませんでした。しかし、割高かどうかはきわめて静的な分析でありどのように統合を行うかによって左右されます。そのあたり見ていきたいと思います。

 

2.買収の流れ

大きな流れについて簡単に復習していきたいと思います。これはアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)と合併する前に統合前の旧SABミラーが保有していた中東欧5カ国のビール事業を約8883億円(73億ユーロ)で買収したものです。10月にもSABミラーの西欧事業を2045億円(25.5億ユーロ)で買収しています。今回の東欧事業の買収については入札方式でスイスの投資会社ジェイコブズ・ホールディングや中国の華潤ビールなどおよそ6社の提案に対して競り勝っています。問題とされている点ですが買収額73億ユーロは買収対象事業が2016年3月までの1年に稼いだEBITDA(利払い・税金・ 減価償却・償却控除前利益)の約15倍という点でしょう。買収の巧者である日本電産の永守会長がEBITDA倍率10倍以上の案件は手を出さないと述べているように難易度は高い案件だとは思われます。

 

3.今回のポイント

私の買収タイプでいうと今回は「セールス(営業型)」です。つまり欧州市場において営業マンを配置して開拓していくのは時間とお金がかかります。今回は買収によって一気に市場に参入して大きなシェアを獲得できたわけです。EBITDA倍率が15倍ということですが、これはあくまで「過去に買収対象が獲得した利益」であって「将来獲得する利益」ではありません。アサヒビールが統合することにより「将来獲得する利益」が増加するならば全然高い買い物ではありません。

ただし、そのためにはPMI(買収後統合)に長けたインテグレーションチームの存在が必要不可欠です。相手方の企業文化も理解しつつも基本的にはアサヒビールの営業戦略に統合してシナジーを出していけるチームです。例えばスーパードライをこの買収によって当該国で拡販していく、またはこの買収したブランドをテコ入れして当該国または当該国以外でもどんどん拡販していくことがあるでしょう。または統合により低コストを達成して利益を出していくなども考えられます。これは当然日本人が突然この欧州事業にやってきて運営するだけでは一般的に無理で当該国の人々とチームを組んでやっていかなければならないわけです。いずれにしても国際経験も豊富でかつ統合プロジェクトに長けたという非常に難易度の高いプロジェクトに対応する人材が必要です。残念ながらアサヒビールは海外進出が進んでいる会社とは言えませんし、国内でも特に積極的にM&Aを仕掛けている会社でもありません。また、特に外部から著名なこのあたりの人材を採用したという話も聞きません。入手した情報から判断する限りでは大失敗にはならないかもしれませんが、投下資金に対する期待するほどのリターンは秘密兵器的な人材がいない限り考えにくいところです。

 

ある外資系投資銀行の幹部(外国人)が以前いっていました。グローバルプレイヤーは買収の尺度がきちんとあってその基準に合わなければほしい案件であってもきちんとあきらめる。しかし、大抵の日本企業はなぜか買収合戦に勝つことが目的になってしまい、担当者も負ければ自分の地位が危ないのでかなり無理しても高値で買収に走るので非常においしい相手だとのことです。この案件がそういった案件でないことを祈りたいと思います。

 

その他専門家コラム

  • 「リーガル面から視る、アサヒビールの欧州企業の買収戦略」

    阪野公夫

    弁護士

    阪野公夫法律事務所 代表(愛知県弁護士会所属) 1974年生まれ。早大卒。2003年に弁護士登録。主に愛知県や名古屋市における、中小・中堅企業の倒産や事業再生・M&Aの案件に携わる。最近では、コア部門の事業譲渡と清算を行う第二会社方式による再生案件に数多く関与。企業破産や破産管財人での実績も多数。2013年3月には「金融円滑化法終了を踏まえた事業再生の最新実務とM&Aの活用方法」の講演を共催。

  • 「アサヒビール、旧SABミラーの東欧事業を買収」

    家永勲

    弁護士

    家永 勲
    弁護士法人ALG&Associates パートナー・弁護士
    東京弁護士会所属
    上場企業が手がけるM&Aにおける法務DDの責任者として対応するほか、会社法を活用した買収目的に適したスキームの策定等も実践し、M&Aに関わる法務問題を幅広く取り扱っている。
    企業法務におけるトラブルへの対応とその予防策に関するセミナーのほかストレスチェックやマイナンバーなど最新の法改正に即したセミナーや執筆も多数行っている。

  • 「アサヒビール,旧SABミラーの東欧事業を買収」

    藤原宏高

    弁護士

    弁護士法人ひかり総合法律事務所、代表弁護士の藤原宏高です。
    2006年~2014年までミネベア株式会社社外監査役、2016年~現在は、株式会社三越伊勢丹ホールディングスの社外監査役を務めております。
    これまで顧客本位のリーガルサービスを目標として,ワンストップサービスを実現させるべく海外法律事務所ともネットワークを構築し,中小企業の海外進出支援や,中小企業の事業承継とM&A取引などに積極的に取り組んで参りました。