» 武田薬品工業のグローバル買収攻勢

テーマ武田薬品工業のM&A戦略

2017年2月17日、武田薬品工業による米ARIAD社の買収完了がリリースされました。同社のがんに対する治療薬のポートフォリオを広げることが目的とのことです。

同社はこれまでの実績を見ても、積極的なM&A戦略をとってきており、その背景や目的、中身などに迫ります。

「武田薬品工業のグローバル買収攻勢」

2017年3月15日
加藤一真

弁護士
敬和綜合法律事務所所属。東京大学を卒業後、2006年に弁護士登録。2013年、ベルギーのルーヴェン大学にてEU法の法学修士を取得。2014年まで、米国ワシントンDCのクリアリー ゴットリーブ スティーン&ハミルトン法律事務所にて執務し、多くの国際カルテル案件に関与。日本に帰国後は、独占禁止法、金融規制法、EU案件、M&A案件など、多数の渉外案件を中心に取り組んでいる。

はじめに

武田薬品工業株式会社(「武田」)は、2017年に入ってまもなく、米国のAriad Pharmaceuticals, Inc.(「アリアド社」)の買収を行った。買収金額は約6200億円という大型買収であった。武田は、約1兆8000億円の年間連結売上高(2015年度)を有する日本最大の製薬会社であり、企業買収を積極的に進めていることで知られる。しかし、アリアド社の買収は、武田にとって久しぶりの大型買収であった。本稿では、近年の武田の買収攻勢について、3つの時期に分けてその流れを分析する。

 

第一次攻勢期(~2011年)

(1) ミレニアム社の買収

武田の大型買収は、2008年5月に完了した米国のMillennium Pharmaceuticals, Inc.(「ミレニアム社」)の買収が1つの出発点となった。ミレニアム社の買収は、約9000億円という巨額のM&Aであった。武田は、この当時無借金経営を維持しており、ミレニアム社の買収も、その全額が武田の手元資金で賄われた。

ミレニアム社の買収の法的な仕組みをみると、ミレニアム社は当時米国NASDAQ市場に上場していたが、武田はまず、自社の米国子会社により、ミレニアム社に対する株式公開買付け(TOB)を行った。そして、かかるTOBの完了後、直ちにミレニアム社を当該子会社と簡易手続により合併させることで、ミレニアム社を武田の100%子会社化した。

 

(2) ナイコメッド社の買収

ミレニアム社の買収の3年後、2011年9月には、武田はスイスのNycomed A/S(「ナイコメッド社」)の買収を完了した。ナイコメッド社の買収額は約1兆1000億円であり、ミレニアム社の買収額を上回る金額であった。ナイコメッド社の買収は、今日に至るまで武田にとって最大のM&Aである。

このような巨額の買収を、ミレニアム社の買収から3年で行うにあたり、武田は手元資金だけでは買収資金を賄うことができなかった。ここでついに、武田は無借金経営から方針転換することを決断した。ナイコメッド社の買収資金のうち、6000億円は借入れを行い、その残りに手元資金を充てることにした。

ナイコメッド社買収の法的スキームについてみると、ナイコメッド社は非上場会社であったところ、株式譲渡契約により同社の全株式の取得を行い、100%子会社化するというものであった。

 

調整期(2012年~2015年)

上記の大型買収が続いた後、武田の買収攻勢は2015年まで一旦弱まった。その間の事情としては、次なる3つが特記される。

1つ目は、ナイコメッド社買収後の武田の財務状況の悪化である。武田はそれまでの無借金経営から、ナイコメッド社買収のために一気に6000億円の借入れを行ったため、M&Aを行うための資金力と資金調達力が大幅に下がった。武田は、事業の選択と集中を進め、2015年12月には呼吸器系事業部門を英国アストラゼネカ社に約700億円で売却するなどした。

2つ目は、経営トップの交代である。武田では、長谷川閑史氏が2003年から代表取締役社長(2014年からはCEO)を務めていた。しかし、フランス人のクリストフ・ウェバー氏が、2012年に同業他社であるグラクソ・スミスクライン社から武田に移籍し、その後、2015年4月1日付で長谷川氏に代わって武田のCEOに就任した。

そして3つ目は、いわゆるアクトス訴訟の影響である。武田の糖尿病治療剤「アクトス」について、膀胱がんの発生リスクがあるとして、2011年に米国で9件の製造物責任訴訟が提起されていた。そのうち1件では約9100億円の支払を命じる陪審の評決が出されるなど、武田の財務状況に対する訴訟の影響の不透明感が高まっていた。しかし、2015年4月29日、最終的に9件中7件の訴訟において、約2900億円の支払による和解が成立した。

 

第二次攻勢期(2016年~)

以上の3つの事象が落ち着いた2016年以降、武田は再び買収攻勢に転じた。

(1) バリアント社との買収交渉

まず、2016年に入り、武田がカナダのValeant Pharmaceuticals International Inc.(「バリアント社」)に対して買収交渉を行っている、との報道がなされた。バリアント社の子会社買収のために、約1兆円の買収金額が提案された模様であるが、最終的には交渉は決裂したと報じられた。もっとも、武田はバリアント社との交渉について否定も肯定もしていない。

 

(2) アリアド社の買収

そして、2017年2月には、冒頭に述べたとおり、アリアド社を約6200億円で買収した。アリアド社の買収資金は、手元資金に加えて、最大約4500億円の借入れにより確保された。

アリアド社買収の法的スキームについては、前記ミレニアム社の場合と同様である。

 

結語

以上のとおり、武田が近年行った3件の大型買収の法的スキームは、大きく2種類に分けられる。対象会社が米国の上場会社の場合は、武田の米国子会社がTOBにより対象会社の発行済株式の全部を取得した後、当該子会社との簡易手続による合併を行い、対象会社を武田の100%子会社化した(ミレニアム社、アリアド社の事例)。これに対し、対象会社が非上場会社の場合は、株式譲渡を受けることで(既存の子会社と合併させることなく)対象会社を100%子会社化した(ナイコメッド社の事例)。いずれの場合も、対象会社を100%子会社にするのが1つの特徴であるということができる。

武田は無借金経営から離れ、直近のアリアド社の買収にも4500億円に上る借入れを行っている。しかし、武田は、2016年9月の時点で最大150億ドル(当時のレートで約1兆5000億円)の企業買収資金を確保している、と報じられている。これを前提とすれば、アリアド社の買収を行った現在も、単純計算で約9000億円の買収資金が残されていることになる。武田の大型買収攻勢は未だしばらく続くことが予想される。

 

完了時期 対象会社 上場・非上場 法的スキーム 買収金額 買収資金
2008年5月 ミレニアム社 上場 子会社によるTOB

+子会社との合併

約9000億円 手元資金のみ
2011年9月 ナイコメッド社 非上場 株式譲渡 約1兆1000億円 手元資金

+借入れ

2017年2月 アリアド社 上場 子会社によるTOB

+子会社との合併

約6200億円 手元資金

+借入れ

 

近年の武田による大型買収

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  • 「武田薬品工業の戦略に見るM&Aの使い方」

    森崎秀昭

    弁護士

    C-ens法律事務所代表弁護士。2009年から企業法務専門のブティック事務所で上場会社から中小企業の法務を行う。2014年C-ens法律事務所設立。各種業界の中小企業及びIT業界、スポーツ・エンターテインメント業界を中心に対応している。企業の事業戦略に沿った法務サポートをしている。クライアントの本質的な成長にフォーカスを当てたサービスを提供。その一環として、M&Aについても必要なものを提案し、サポートしている。

  • 「医薬品業界はなぜM&Aを行うか~武田薬品工業によるアリアド社の買収~」

    中野友貴

    弁護士

    クレア法律事務所所属弁護士。 2010年慶応義塾大学総合政策学部卒業、2012年北海道大学法科大学院卒業。ベンチャー企業支援を主な業務とする現事務所に所属し、法務デューデリジェンス、契約書の作成・審査、サービスの適法性審査など、ベンチャー企業にかかわる法務支援を総合的に取り扱う。 著書として『IoTビジネスを成功させるための法務入門』(第一法規株式会社)。