» 伊藤忠によるヤナセに対するTOBにおけるTOB価格の妥当性

テーマ伊藤忠商事によるヤナセへのTOB

5月25日、伊藤忠商事がヤナセに対するTOBを実施すると発表しました。

元々39.4%の株式を保有する筆頭株主ではありましたが、今回のTOBを通じて株式の保有比率を最大65%程度にまで引き上げるということです。これによりヤナセは伊藤忠商事の子会社となります。

伊藤忠商事は何を目的に子会社化を行うのか、考察します。

「伊藤忠によるヤナセに対するTOBにおけるTOB価格の妥当性」

2017年7月5日
清野 訟一

弁護士

2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)、祝田法律事務所パートナー。大手証券会社M&Aアドバイザリー部門への出向経験も活かし、M&A、会社関係訴訟・非訟、コーポレート・ガバナンス等を中心に手掛ける。株価決定事件や新株発行差止仮処分命令申立事件などのM&A関連の事件を数多く担当し、紛争解決を見据えたM&A対応に強みを有する。著作論文等として『コーポレート・ガバナンスの法律相談』(共著)(青林書院、2016)ほか多数。

TOBの概要

伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」といいます。)は、株式会社ヤナセ(以下「ヤナセ」といいます。)を持分法適用会社(所有割合:39.49%)とするヤナセの筆頭株主であったところ、2017年5月25日、ヤナセを連結子会社とすることを目的として、ヤナセ株券に対する公開買付け(以下「本TOB」といいます。)を実施することを公表しました。

本TOBのTOB期間は2017年5月26日から同年7月10日まで、TOB価格は1株につき540円、買付予定数の下限は伊藤忠の総議決権数が50.1%となる株式数(5,010,000株)、買付予定数の上限は伊藤忠の総議決権数が65%となる株式数(12,042,000株)に設定されています。

また、本TOBにおいて、伊藤忠は、以下のとおり、ヤナセの株主との間で本TOBに応募する旨の公開買付け応募契約を締結しているとのことであり、応募予定株式数が買付予定数の下限を上回っていますので、本TOBは成立することが確実な状況にあります。

応募予定株主 応募予定株式数

(所有割合)

所有株式数

(所有割合、所有株数順位)

あいおいニッセイ同和損害保険 3,224,000株

(6.83%)

4,030,000株

(8.54%、第2位)

東京海上日動火災保険 2,918,000株

(6.18%)

3,647,000株

(7.73%、第3位)

三井住友海上火災保険 2,040,000株

(4.32%)

2,550,000株

(5.40%、第5位)

損害保険ジャパン日本興亜 1,200,000株

(2.54%)

1,500,000株

(3.18%、第8位)

合計 9,382,000株

(19.88%)

11,727,000株

(24.85%)

 

ただし、ヤナセは、TOB価格については、あくまで相対の取引を前提として伊藤忠及び応募予定株主間で協議・交渉を重ねた結果を踏まえ、最終的に決定されたものであることから、TOB価格の妥当性について独自の確認は行わずに意見を留保し、本TOBへの応募については、ヤナセの株主の判断に委ねる旨を決議したとのことです。

 

ヤナセ株式の譲渡の特殊性

ヤナセは上場会社ではないため、ヤナセ株式を株式市場で売買することはできません。また、ヤナセ株式は譲渡制限株式であるため、ヤナセ株式の譲渡には、ヤナセの取締役会の承認が必要となります(但し、ヤナセ従業員持株会を譲受人とする譲渡は取締役会の承認があったものとみなされるとされています。)。

以上のように、ヤナセ株式の譲渡には大きな制約がありますが、ヤナセの株主は、ヤナセの取締役会の承認がない限り、ヤナセ株式を売却して、投下資本を回収できないわけではありません。

譲渡制限株式の譲渡については、株主又は株式取得者が会社に対して株式譲渡について承認するように請求する際に、仮に会社が株式譲渡を承認しないとの決定をする場合には、会社自身が株式を買い取るか、株式を買い取る者を指定するように請求することができます(会社法138条1号ハ・2号ハ、140条1項・4項)。したがって、譲渡制限会社の株主は、自ら株式取得を希望する者を見つけてくれば、この者に株式を譲渡することができるとは限りませんが、少なくとも会社又は会社が指定する者に株式を譲渡して、投下資本を回収することができるのです。そして、株式の売買価格は、当事者間の協議によって定めますが(会社法144条1項・7項)、協議が整わない場合には、裁判所に対して、売買価格を決定するように申し立てることができ、裁判所が決定した売買価格によって株式譲渡が成立することになります(会社法144条2項・3項)。

 

TOB価格の決定過程における考慮要素

ヤナセ株式の譲渡については、上場会社株式の譲渡とは異なった制約がありますので、本TOBのTOB価格については、市場価格をベースとしてTOB価格を検討することができる上場会社株式を対象としたTOBとは異なる検討が必要となります。

本TOBにおけるTOB価格は1株につき540円とされていますが、伊藤忠が本TOBにおいて提出した公開買付届出書においては、TOB価格の算定の基礎について、以下のとおりに記載されています。

「当社は、本公開買付価格の算定に当たり、対象者普通株式が金融商品取引所に上場しておらず、市場価格が存在しないことに鑑み、対象者の経営成績及び財務状態並びにそれらの見込み等を踏まえ、簿価純資産額、対象者と同様に主に自動車ディーラー業を営む国内上場他社の株価純資産倍率(PBR)及び非流動性ディスカウント等を勘案の上、株式価値を算定することを本応募予定株主に対して提案し、本応募予定株主との間で協議・交渉を行った結果、平成29年5月25日に本公開買付価格を540円と決定いたしました。

すなわち、当社としては、対象者普通株式が金融商品取引所に上場しておらず、譲渡制限株式であるため株式の流動性が極めて乏しいこと、対象者が平成28年12月中旬に算定機関から得ている平成28年9月期決算に基づく株式評価額が1株あたり914円であること等を総合的に考慮して算出した株式価値をもって本応募予定株主に対して取得価格の提案を行いました。

その後、本応募予定株主との間で協議・交渉を重ねた結果、最終的に本公開買付価格を540円と決定しております。

上記、算定機関による株式評価は、従業員持株会における株式売買価額を決定するに当たり、その参考とするため、対象者が、平成15年以降毎年、決算内容に基づき算定機関に対して対象者普通株式について株価評価を依頼して得ているとのことですが、対象者によれば、純資産価額方式の方法により算定されているとのことです。」

以上のとおり、1株あたり540円とのTOB価格は、「対象者の経営成績及び財務状態並びにそれらの見込み等を踏まえ、簿価純資産額、対象者と同様に主に自動車ディーラー業を営む国内上場他社の株価純資産倍率(PBR)及び非流動性ディスカウント等を勘案の上」、最終的には、「協議・交渉」の結果として決定された金額とのことですが、具体的にどのような検討を行い、どのような協議・交渉を行ったかは明らかではありません。

特に興味深いのは、ヤナセが平成28年12月中旬に算定機関から得ている平成28年9月期決算に基づく純資産価額方式による株式評価額が1株あたり914円であるにもかかわらず、それよりもかなり低額な1株あたり540円で公開買付け応募契約が締結されていることです。

 

TOB価格の妥当性について

上記のとおり、譲渡制限株式の譲渡については、大きな制約があるとはいえ、譲渡制限会社の株主は、自ら株式取得を希望する者を見つけてくれば、少なくとも会社又は会社が指定する者に株式を譲渡することができます。そして、株式の売買価格についての協議が整わない場合には、裁判所が決定した売買価格によって株式譲渡が成立することになりますので、ヤナセの株主がTOB価格が540円の本TOBに応募するか否かを判断するに当たっては、仮にヤナセ株式の売買価格を裁判所が決定することになった場合に、裁判所がどのような判断をする可能性があるのかの検討は行っておくべきといえます。

株式譲渡制限会社における株式売買価格決定事件においては、インカム・アプローチ(DCF法、配当還元法、収益還元法等)、マーケット・アプローチ(類似上場会社法、取引事例法等)、ネットアセット・アプローチ(簿価純資産法、時価純資産法等)が単独で採用され、又は併用されるなどの過程を経て売買価格が決定されます。

複数の算定方法が併用される場合には、例えば、DCF法による算定では1株あたり500円、時価純資産法による算定では1株あたり750円、配当還元法による算定では1株あたり150円となる状況において、DCF法0.4、時価純資産法0.4、配当還元法0.2の割合で加重平均して算出される530円(500円×0.4+750円×0.4+150円×0.2=530円)を1株あたりの売買価格とするというような判断がなされます。

ヤナセが平成28年12月中旬に算定機関から得ている平成28年9月期決算に基づく株式評価額(1株あたり914円)は純資産法による算定とのことですので、この価格が唯一参考にすべき価格ということではなく、インカム・アプローチやマーケット・アプローチの観点からの検討もすべきであることは間違いありません。

そして、実際、上記の公開買付届出書におけるTOB価格の算定の基礎の記載の「対象者の経営成績及び財務状態並びにそれらの見込み等を踏まえ」との部分からはインカム・アプローチの観点からの検討を行ったことが窺え、また、「対象者と同様に主に自動車ディーラー業を営む国内上場他社の株価純資産倍率(PBR)・・・を勘案の上」との部分からはマーケット・アプローチの観点からの検討を行ったことが窺えます。

また、非上場会社株式の価格決定事件における専門的な話になりますが、「非流動性ディスカウント」について、最高裁判所が非上場会社の組織再編の場面で反対株主に付与されている株式買取請求権については、株式の「公正な価格」を決定する際に非流動性ディスカウントを考慮することは相当ではないとの判断を行ったものの、この判断の射程がどこまで及ぶのかは、この最高裁決定からは明らかではありませんでした(最一小決平成27・3・26民集69巻2号365頁)。その後、高等裁判所レベルの判断ではありますが、東京高等裁判所は、平成29年1月26日、譲渡制限株式の売買価格の決定においては、上記の平成27年最高裁決定の射程は及ばないと解されると判断しました。したがって、本TOBにおけるTOB価格の決定において非流動性ディスカウントを考慮したのは、現在の譲渡制限株式の売買価格決定に関する裁判所の判断と整合的であるといえます。

 

終わりに

TOBは、公開買付者と応募株主の間の相対の取引ですので、両当事者が合意している限り、対象株式の価格と乖離したTOB価格であっても問題はありません。特に、非上場会社の株式は市場価格が存在しないため、TOB価格の妥当性を検証することは容易ではありません。

本TOBのTOB価格について、具体的にどのような検討を行い、どのような協議・交渉を行ったかは明らかではありませんが、株式の売買価格について裁判所がどのような判断を行う可能性があるかの検討を通じてTOB価格の妥当性を検証してみることも重要な視点になってきます。

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    小坂俊介

    弁護士

    東京総合法律事務所代表パートナー。同所母体である西川茂法律事務所に2004年10月入所、2009年よりパートナー。主な業務は顧問業務。付随する個別案件として、相続・事業承継、M&AのDDや契約交渉、企業倒産等を扱う。現場主義をモットーとし、クロスボーダー案件では、東南アジア内陸部等のサイトビジットを活発に行う。

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    吉村史明

    公認会計士

    吉村 史明
    北海道出身。一橋大学(商学部経営学科)卒。
    平成3年公認会計士2次試験合格後、太田昭和監査法人(現新日本監査法人)に入所。金融商品取引法監査、会社法監査並びに株式公開支援業務に従事。平成7年公認会計士登録。平成12年監査法人退所後、公開準備会社に転職。公開業務終了後、独立。
    現在は、税理士法人 AKJパートナーズにて、M&Aに関わる企業デューデリジェンス・組織再編・税務、不動産投資コンサルティングに従事。