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テーマトヨタ自動車が見据える未来(M&A編)

2016年、トヨタ自動車は子会社であったダイハツ工業を完全子会社化し、10月にはスズキ自動車との業務提携を発表しました。

軽自動車市場のシェア1位と2位を誇る各社を、それぞれ完全子会社と提携先とした今、トヨタ自動車はどのような未来を見据えているのでしょうか。

M&Aを切り口とした同社の成長戦略について専門家視点で分析します。

「トヨタ自動車のM&A戦略」

2016年12月14日
坂元 英峰

弁護士
平成8年京都大学法学部卒、平成10年京都大学大学院法学研究科卒。 平成12年4月弁護士登録。平成17年6月税理士登録。日系企業のアジア進出支援に定評のある弁護士法人マーキュリー・ジェネラルの代表パートナー。 国内外の企業法務、M&A、事業再生等に豊富な経験を有し、社外役員を務める会社も多数あり、各分野に関する講演歴等も多数にのぼる。  

1 はじめに

トヨタ自動車が子会社ダイハツ工業の株式交換による完全子会社化を発表したのが、今年(平成28年)の1月29日である。発表当時は、トヨタ自動車のM&A戦略に関して様々な憶測が飛び交ったが、そこから10ヶ月以上の時間が経過し、その実態がより明確に見えてきた感がある。本稿では、トヨタ自動車によるダイハツ工業の完全子会社化を軸に、平成28年10月12日にいよいよ正式公表に至った、トヨタ自動車とスズキ自動車との提携模索(あくまでも、業務提携に向けた検討の発表ではあるのだが)に至る戦略について、これまでの事実関係を整理し、筆者の見解を述べてみたい。

 

2 トヨタ自動車とダイハツ工業の提携(親子会社)関係

そもそも、トヨタ自動車とダイハツ工業の提携関係自体は、50年もの歴史を有するものである。そして、トヨタ自動車がダイハツ工業の株式の過半数を取得して連結子会社化したのが平成10年と、20年近くも前のことである。この間、トヨタ自動車は、ダイハツ工業の代表取締役社長ポストにトヨタ自動車の出身者を送るなどして、親子会社関係を維持強化してきた。

そのダイハツ工業の強みは、周知のとおり小型車(軽自動車)であり、国内市場シェアを巡って、スズキ自動車と長年にわたって熾烈なトップ争いを繰り広げてきた。過去10年間を振り返ると、国内軽自動車販売台数シェアだけを見れば、ダイハツ工業がほぼトップを独占しており、ライバルであるスズキ自動車に対して優位にあると評価できる。また、ダイハツ工業は、マレーシア及びインドネシアにおける提携、自動車の現地生産に取り組んでおり、東南アジアの新興国市場に強いとも評価されている。

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3 トヨタ自動車によるダイハツ工業の完全子会社化の狙い?

トヨタ自動車の連結子会社を含め擁するブランドは、高級車ブランドのレクサス、中型車を中心に先進国市場を席巻するトヨタ、国内トラック・バス業界最大手の日野自動車、そして軽自動車国内トップで東南アジア市場に強いダイハツ工業と、強力なラインナップであるように見える。しかし、このブランド体制自体は、ダイハツ工業を完全子会社化する前から有していたものであり、ダイハツ工業の完全子会社化をこのブランド戦略のみから読むことは、おそらく正しくない。

 

トヨタ自動車が小型車セグメントの競争力を特に強化するために、ダイハツ工業を完全子会社化したという解釈も、同様におそらく正しいとは言えない。トヨタ自動車は富士重工業(スバル)の筆頭株主であり、同社と提携関係を有している。富士重工業は北米市場において絶好調を維持しているが、トヨタとは完全に市場においてバッティングしているともいえる。その富士重工業の今後の中長期戦略として、「燃費性能に優れた小型車」というトヨタ自動車の比較的弱いピースを埋める役割を果たしていくということは、提携当事者の双方が想定しているはずである。

 

4 トヨタ自動車にとってのスズキ自動車の戦略的重要性

では、トヨタ自動車がダイハツ工業の完全子会社化をしてでも狙う本丸は何か。それはスズキ自動車との提携ではないかということが、当初から憶測として囁かれてきた。つまり、スズキ自動車にとって、国内の小型車(軽自動車)市場における最大の敵であるダイハツ工業を、トヨタ自動車が完全子会社化し、完全にコントロールする体制を固めて提示することで、スズキ自動車との提携交渉の地均しを試みているのではないかという憶測があった訳である。

他方、スズキ自動車は、昨年(平成27年)8月にフォルクスワーゲンとの包括的業務資本提携関係を解消した。スズキ自動車の強みは何と言っても「インド」であり、インド子会社であるマルチ・スズキのインド乗用車市場シェアは40%超となっており、正に一人勝ちの状態になっている。かように、累計販売台数250万台を超えた「マルチ800」等の良質安価な小型車によって、マルチ・スズキがインド市場を席巻している他方で、トヨタ自動車のインド市場シェアは4~5%程度と伸び悩んでいる。

 

5 インド市場の重要性

インドは中国に次ぐ人口を擁し(13億人超)、経済成長も著しく、新車販売台数も急激に伸びている。しかし、その規模は、速報値を継続的に見ている限り、全カテゴリーを合わせて来年(平成29年)にはやっと400万台を超えそうだという水準にすぎない(つい去年までは年間300万台というイメージであったことからすると、目覚ましい伸びであることは間違いないのだが)。

現在の世界最大の新車販売市場は、中国である。速報値を見る限り、中国の今年の新車販売台数は、全カテゴリーを合計すれば2800万台近辺の着地となりそうに見える。つまり、インド市場が幾ら伸び盛りであるとはいえ、まだ中国の7~8分の1程度の規模にすぎないのである。しかし、インドの経済発展と所得水準(購買力)の劇的な向上については、人口ピラミッドの構造等から見ても最早疑う余地はなく、インド市場は次の中国市場となるポテンシャルを十分に有している。

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6 スズキ自動車側の事情と思惑

スズキ自動車は、そのインド市場において、現在圧倒的王者としての地位を確立している。確立しているのだが、自動車業界が次に見据えるのは、水素自動車等の次世代自動車であり、自動運転技術の導入である。フォルクスワーゲンと袂を分かったスズキ自動車が、単独でこれらの研究開発競争にキャッチアップしていくことは、実際上困難と考えるのが自然である。

かように結局、スズキ自動車としても、巨人との提携は遅かれ早かれ再検討せざるを得ない環境にはあったが、その選択肢は、世界的に見てもトヨタ自動車か、ルノー・日産か、ホンダまでという状況ではあったと思われる。そのような中で、過日(平成28年10月12日)の豊田章男社長と鈴木修会長の緊急記者会見に至った、という訳である。

 

7 両社の提携検討はどこまで進むか?

これまでのところは、憶測というよりも、自動車業界の現状分析に基づく合理的な予想通りに事が運んでいる、という印象である。

今さら、中国市場において、圧倒的覇者であるフォルクスワーゲンを追い落とすということは、トヨタ自動車の世界戦略としては現実味が薄く、効率的でもない。トヨタ自動車が業界の「世界の覇者」であるためには、ダイハツ工業とはASEAN市場の覇権を、スズキ自動車とはインド市場の覇権を確立し、また、所得水準の向上に伴う売れ筋の変化にも、トヨタ自動車の主力製品等によって絶妙に対応していくことが不可欠と思われる。

このトヨタ自動車とスズキ自動車との「業務提携に向けた検討」がどこまで進むのか、資本提携にも及ぶのかは未だ分からない。しかし、筆者としては、トヨタ自動車は、スズキ自動車がフォルクスワーゲンとの関係解消の動きを見せた瞬間から、現在の動きを想定しており、資本提携は「世界の覇者」となるための不可欠の要素として、可能な限りの譲歩をしてでも実現させるのではないかと推測している。今後の両社からの公表内容等からも目が離せない。

 

(以上)

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  • 「トヨタのM&A戦略」

    松本甚之助

    弁護士

    2006年弁護士登録、2012年アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士登録。クロスボーダーM&Aを含むM&A案件と国際取引、国際紛争、国際倒産処理手続等の渉外案件を中心に取り扱う。現在三宅坂総合法律事務所のパートナーとして、国内案件のみならずASEAN諸国や中国・インドなどにおけるクロスボーダーM&A等提携取引の事例と相談を多く手がけている。

  • 「中小企業のM&A―トヨタのダイハツ子会社化戦略は参考になる」

    小林幸与

    弁護士・税理士

    明治大学法学部卒業後の昭和61年から弁護士活動開始。結婚出産子育てを経て、平成9年より豊島区池袋にて弁護士活動を再開。その後、東京税理士会に登録して税務分野に拡大。法人化を機会に平成26年東京銀座に進出。現在は、弁護士法人リーガル東京と税理士法人リーガル東京の代表として、銀座本店と池袋支店で弁護士5名・税理士2名の体制にて、相続税務や事業承継を含む相続全般・不動産関係に特化した事務所を経営する。