» 三越伊勢丹ホールディングスが老舗旅行代理店をM&Aした狙いとは

テーマ三越伊勢丹HDがニッコウトラベルを買収

三越伊勢丹ホールディングス <3099.T>は平成29年2月10日、ニッコウトラベル <9373.T>を株式公開買い付け(TOB)で完全子会社化すると発表した。「コト消費」に対応するため、シニア向けを中心にした旅行業を強化する。

平成29年2月13日から3月23日までTOBを行い、3月23日にTOBが無事終了した。買い付けなどの価格は1株390円、総株主等の議決権の数94,296 個のうち、86,026 個を取得した。

「三越伊勢丹ホールディングスが老舗旅行代理店をM&Aした狙いとは」

2017年4月12日
小黒健三

公認会計士
小黒健三 やまと監査法人パートナー 専門はアジアM&A支援。東大経卒後、旭硝子、北関東の外食企業を経て、1998年青山監査法人(PwC)入所。2013年1月に独立し、2015年からやまと代表社員。16年間の海外M&A支援実績130件超。共著に「アジアM&Aの実務」(中央経済社)等。人材育成塾「アジアM&A実行の実務」講師。

2017年2月10日の午後3時前になろうとする頃、三越伊勢丹ホールディングスが上場企業のTOBについて約30分後に会見を行う、とニュース速報が流れた。百貨店の再編が本格化するな、と思った人もいただろうし、またバーバリー版権終了後の経営難が伝えられる三陽商会など、アパレル企業を予想する人も多かったのではないだろうか。その買収先が老舗旅行代理店のニッコウトラベルだと予想できた人は少なかったはずである。

1か月半後の3月24日、三越伊勢丹HDは、ニッコウトラベルに対して91.22%の株式を取得したと発表した。5-6月には完全子会社化される予定である。

今回の想定する株式取得金額は約37億円である。TOB開始前日の2月9日までの直近1カ月の終値単純平均301円に対し、約30%のプレミアムが付いた。日本でTOBにより回収できる、とされるプレミアムには様々な議論があるが、30%は少し回収が難しい範囲に入ってきている。三越伊勢丹が、これだけのプレミアムを払っても、老舗旅行代理店を買収した狙いは何だろうか。


市場がこぞって、シルバー消費に期待している。そもそも、日本の富は60代以降の世代に集中している。家計金融資産の7割近くは60代以上が保有し、住宅ローン等を控除した個人別純額貯蓄額でいうと、60代以降が全体の90%を占めているのである。金融資産や貯蓄が消費に直結するわけではないが、日本人のマインドから考えても、子供の教育支出や住宅ローンを抱え、給料の上昇も見込めないなかで、数も増えない日本の若い世代が消費の主力になれるはずもない。

では、豊かな60代、70代はどうだろうか。こちらもモノは買わない。ショーウィンドーを崇め拝み、「いつかはこうしたものを持ちたい」と思うのは若い世代である。私にも経験がある。40代も半ばにもなれば、引っ越しでもなければ大したモノは買わず、そもそもほしいとすら思わなくなる。

三越伊勢丹グループは、裕福なシニア顧客層を抱える百貨店の一つではあるが、モノ商品の消費に振り向けるのはもはや難しい。中国の爆買いも落ち着き、危機感を最も感じているのは、百貨店業界、小売業界であろう。三越伊勢丹グループが、ブライダルや飲食業界も含めて多角化を進めるのも無理はない。

その中で、シニア向け旅行は、三越伊勢丹グループが力を入れるコト商品の本流の一つである。特に、三越伊勢丹が抱えるシニア顧客層に訴えられる、海外旅行商品がニッコウトラベルにはある、という点はポイントであり、狙いと言ってしまってよいだろう。

三越伊勢丹HDが、シニア市場やコト商品注力の一貫として傘下の旅行事業を切り出し、三越伊勢丹旅行を設立したのは2015年1月である。優雅な内装のバスを使った独自企画の旅行に力を入れ、売上は約60億円とニッコウトラベルの約1.5倍の規模がある。しかし海外旅行の比率は低かった。

一方、ニッコウトラベルは、単価が60万円前後の欧州を中心とした、ゆとりある個別企画の高額旅行が得意商品である。ニッコウトラベルの企業方針は「ゆとりのある豊かな旅」。移動を減らし、顧客の体力・体調にあわせて選べるゆったりした海外旅行、を売りとしている。三越伊勢丹の顧客層との親和性は確かにありそうである。

狙いとは異なるが、ニッコウトラベルの財務を含めた状況が本件成立の背景にはあると考えられる。

ニッコウトラベルは無借金で、2016年12月末時点で現預金も23億円ある。TOBのプレミアムは高くは見えても、三越伊勢丹にとって、その買収規模から言っても、高額な買収でないという基本的な想定があったはずである。

ネットを通じて航空券も宿泊先も容易に確保できる時代となり、旅行代理店の経営環境が厳しくなるなか、ニッコウトラベルの顧客であるシニア層の数は増えている。ニッコウトラベルは旅行代理店のなかでは有利なポジションにあり、実際に、収益性は他の旅行代理店よりも高い水準にあるといえる。

では、ニッコウトラベルの事業は順調だったといえるのか。ニッコウトラベルの業績推移をみてみよう。


 

ニッコウトラベル業績推移


 

 

 

2017年3月期予想は売上高39億円、営業利益は1億円弱。過去数年の営業利益は2億円前後である。その潜在力から考えて、莫大な収益率とはいえないし、潜在的需要の拡大に比して2015年3月期を頂点に、売上も利益も伸ばせていない。

従業員数も60数名程度にすぎない。魅力的な商品企画を持っていても、十分な需要を取り込めるだけの広告宣伝もできないだろう。また、海外旅行には不可避な情勢不安など、不確定な要素に耐えうる規模でもない。

ほかのコラムでも書いたことがあるが、飲食業、旅行業、ホテルなど、一般消費者を相手にする業態で十分な収益性を確保するには、相当な事業規模とシェアが必要である。日本は市場規模に比して、企業数は多く、合理性を考えるほど、M&Aによる企業統合は進んでいくと考えざるをえない。

もともとは、ニッコウトラベルがどこかに譲渡の意思を示していた。その点では、それを活かしてくれそうな三越伊勢丹は、ニッコウトラベルにとっても譲渡先として魅力的と映ったのではないだろうか。

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    金子 博人 (東京弁護士会所属 / 金子博人法律事務所) 事業承継、M&Aなど、ビジネス面でのサポートに力を入れています。今は、インダストリー4.0ないしIOTのマネージメントのコンサルタントに力を入れています。法務だけでなく、海外進出を含め、経営戦略を総合的に支援します。 2014年からは、新たに医療法人、学校法人のM&A,承継、相続に力を入れていますが、さらに、16年は、インダストリー4.0ないしIOTの支援に努力します。

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    弁護士 大塚一暁 大塚・川﨑法律事務所代表パートナー。2006年弁護士登録後大手渉外法律事務所であるアンダーソン・毛利・友常法律事務所にて執務、その後2012年大塚・川﨑法律事務所を設立。中小企業から上場会社等に至るまで幅広く、M&A取引(デューデリジェンス及び契約交渉等)、MBOファイナンス等の買収ファイナンス、ストラクチャードファイナンス、金融規制等のアドバイスを専門として業務を行う。また、ベンチャー企業の支援も多数行っている。

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    北川朝恵

    弁護士

    紀尾井町法律事務所所属。慶應義塾大学卒。2004年10月弁護士登録。2009年度第二東京弁護士会常議員。2014年度日本弁護士連合会代議員。2007年度から現在に至るまで第二東京弁護士会刑事弁護委員会副委員長。企業法務事件にとどまらず、労働事件、一般民事事件、家事事件、刑事事件など幅広い業務を取り扱っています。法人から個人まで様々な依頼者のニーズに応えるきめ細やかなリーガルサービスを心掛けています。