プロコメ

2016.11.1

ソフトバンクグループによる英ARM社の買収

2016.9.28

3.3兆円は高いか? ― 現代と未来の調査現場から

小黒健三
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ソフトバンクのARM社の買収額(企業価値も近似)は約243億ポンド(約3.3兆円)。その規模もさることながら、TOBのプレミアム43%という数値は通常の回収可能な枠を超えている。当初はその意思のなかったARM社が譲渡に踏み切ったことからも高値掴みではないかと、国内外の専門家が指摘するのも無理はない。

ここでは、大手会計事務所がARM社に対し財務DDをした場合に、3.3兆円をどう分析するかを予想してみよう。そして未来。人工知能による検証ならどうなるか。

現代の検証

①ビジネス構造の検証

この15年で定着した財務DDは、投資判断に直結すること、特に価格を決める要素に注目した検証だ。その前提として、事業を主要指標で細分化し、地道に分析する作業が依然として基礎にある。

ARM社はモバイル市場のCPUで85%超の市場占有率、2015年12月期のEBITDA利益率で約45%。急速な需要拡大に対応できるライセンスモデルで、両立が難しい安定性と収益性を実現している。この恐るべきビジネスモデルの成長が継続できるか、検証ポイントになる。コアとなる技術、人、パートナー、取引構造等の観点で、成長を阻む要素がないか、可能な限り一次情報で検証するだろう。10年後、20年後にIoT市場が広がる中、ARM社のポジショニングを予想する情報収集と言ってもいい。典型的な視点を列挙すると:

  • 利益率や市場占有率を下げずに、ARM社は拡大する需要へ対応できるか。
  • 多品種化の中で技術者の確保、設備投資、生産拡大を阻む弱みがないか。
  • 経営体制や管理面から、将来的な対応とそのコストは。

などだ。成長を阻害する要因があれば克服法の議論となり、障害が低いと判明すれば成長性への懸念を払拭する材料にはなる。

②正常収益力・将来分析

DDでは①を基礎に、ARM社の稼ぐ能力、そのポテンシャルを検証するはずだ。

売り手・買い手の立場、国籍を問わず、EBITDA(または営業利益)の何倍か、という視点で対価の合理性を検討するM&A実務が広がっている。現代の財務DDの中枢に据えられる正常収益力分析はその実務に対応したものである。その分析過程を予想してみよう。

ARM社の2016年6月末の直近12か月EBITDAは5.4億ポンド。2017年12月の予測EBITDA6.7億ポンド。過年度の特殊要因を排除しても、状況が急激に変わらない限り、正常的にEBITDA利益率は45%を超える。調査したわけではないが、年次報告書や開示情報を見る限りの予想である。

将来計画の検証期間は5年か、人が分析できるのは最長でも10年だろう。過年度から収益増加率は15~20%程度。ARM社が関わる半導体市場が伸びさえすれば、10年以内にEBITDAは15億~20億ポンドに達する予想となり、阻害要因を①や正常収益力に戻り特定する、という作業になろう。

過年度ベースで正常EBITDA=約7億ポンドとした場合、企業価値243億ポンド÷7億ポンド≒35倍(単純計算で回収50年超)と倍率は高すぎる。しかし、条件付ながら将来EBITDA15億~20億ポンドが視野に入るとEBITDA倍率は10倍台となり、半導体市場の成長を信じる限り対価はぎりぎり許容範囲、という示唆が出るかもしれない。

総括としては、成長を阻害する要因を挙げればきりがなく、会計的な保守的見地から未来に「大丈夫」ということは絶対にないが、3.3兆円でも20~30年単位で回収できる可能性は十分にあるほどARMの体制は強固に見えること、回収期間の予想は長く減損への注意は残る、という注意喚起が典型だろうか。

乱暴な想定ではあるが、現状分析を基盤とする現在の財務DDではこうした形が一つの予想となる。

未来の検証

グローバル・ファームでは人口知能を駆使した調査を既に見据えている。人工知能時代が到来したとして、財務DDをやったらどうなるか。

手法は単純。ARM社の財務、パートナー、経営陣、技術者、また市場の半導体やモノに関わるあらゆる情報を人口知能に入れ、分析させる。ポイントはARM社から取れない外部情報まで含むことである。

人工知能は、職人的分析を凌駕するだろう。異常値はもちろん、IoTの成長予想、半導体需要、市場占有率、目標達成に必要な経営資源、制約条件から計画予想まで炙り出す。論理性でも正確性でも、予想期間の範囲でも調査専門家は人工知能にはかなわず、人間は、分析視点の付与、意思決定への示唆、という点に特化するしかなくなる。

現状では、有用なデータの収集は難しく、人工知能による調査の時代はすぐには来ない。またM&A実務は時に非論理的で、人間的過ぎるプロセスを求められ、人工知能がその機微に応えるのは容易ではない。それでも、ソフトバンクが見据える20~30年後には、調査も人工知能が主体を担っているだろう。むしろ売り手企業が、人口知能を駆使した情報を自ら開示する時代が来ているかもしれない。

こうした将来を想像するに、省エネ型の半導体の需要は社会を覆いつくすように思えるし、次第に3.3兆円は高すぎる、と言い切る勇気はなくなってくる。

本件で、一見無関係にも思える未来の調査現場を取り上げたのは、現状分析という会計が得意とする枠を少しだけ超え、世界的に見れば標準的な未来への想像を加味しないと、20~30年後に賭けるM&Aでは、現実性を伴った考察はできないからである。

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