プロコメ

2016.12.7

鴻海(ホンハイ)によるシャープ買収について

2016.12.7

シャープと鴻海のM&Aについて(M&A交渉の素材として)

絹川恭久
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2016年4月、鴻海精密工業によるシャープ買収の正式契約が発表されました。新聞等で報道されたところによると、同年2月25日にシャープが鴻海の買収案受入れを発表する直前に、3500億円に上るシャープの潜在的債務のリストがシャープ担当者から鴻海側に渡ったことを受けて鴻海が買収条件の変更を要求し、交渉の結果、当初買収条件での出資額4980億円から約1000億円を減額した3888億円の買収条件で、当初交渉期限より約一月遅れて合意が成立しました。

鴻海によるシャープの買収は、日本の家電大手が初めて外資に買収された事例ですが、M&Aの交渉の過程で日本側がいくつかの失点を重ね、結果として鴻海側に1000億円も買収価格を値切られてしまいました。完全に「部外者の後講釈」ではありますが、買収交渉の過程でもシャープがもう少しうまく対応していれば、こんなに値切られずに済んだのではないかと思います。リスト1通の提出が1000億円というとんでもなく高い代償につながりました。この失敗を他の日系企業の教訓として生かすため、シャープ買収を題材にM&A交渉で売り手側がどのように振舞うべきかについて、筆者なりの見解を述べたいと思います。

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まず、M&Aにおける売り手側の情報管理の徹底は重要です。M&A交渉というのは、いかに友好的なものであるとはいえ、結局最後は売り手と買い手のシビアな価格交渉に帰結します。買収価格の決定には、対象となる会社を評価するための情報が決定的な要素になります。したがって、売り手としては買収相手に情報を提出する際にも、必ず論理と原則を持って提出の要否を判断すべきです。この点、報道によると、シャープが提出した潜在的債務リストは、経営陣の了解を得ずにシャープ担当者が「念のため」という程度の感覚で提出したとされています。そもそも「念のため」などという理由で会社の情報を出すこと自体間違っています。通常のM&Aでは、買収に先立って守秘義務契約等に基づいて被買収企業の買収監査(デュー・ディリジェンス)がなされますが、その過程で「提出義務のある」情報はすべて買収監査の段階で出しきるべきです。逆に買い手側から提出要求もなく、提出義務のない情報は出してはなりません。情報は「出すべき」「出すべきでない」のどちらかで判断すべきで、「念のため出す」という判断はありません。さらに、かかる事情からするとシャープ側の情報提出の判断が、経営陣ではなく個別の担当者に任されていたようにも見えますが、このように情報提出の判断権限者をばらばらにしてしまうのは情報管理の点からもいただけません。

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次に、売り手側に不利益な潜在的債務の情報が買い手側の知るところとなったとしても、それで簡単に白旗をあげる必要はありません。「潜在的債務」といっても、地震が起きるとか、戦争がおきるだとかいった「当事者の支配が及ばない事情」で起きる損害も含めてしまうと、潜在的債務のない会社などおよそ世の中に存在しなくなってしまいます。そういった債務まで価格交渉に使われたら、買い手に安く買い叩かれるに決まっています。シャープ経営陣はこの点を粘り強く説得して、減額要求を拒むこともできたかもしれません。また、もう少し用意周到であれば、契約的手法で減額を防げたかもしれません。買収条件を提示させる前の段階で、事前にMOU(覚書)や条件提示のための枠組み契約などを締結しておき「買収監査で発見されない潜在的債務については価格評価の対象としない」とか、「買収条件提示後の条件変更はいかなる理由があっても一切認めない」などの条項をつけていれば、鴻海の後出しじゃんけんの減額要求を封じる(あるいは抑制する)こともできたはずです。

最後に、シャープが不本意にも1000億円の減額要求に応じざるを得なかったのは、結局のところ2月25日の段階で鴻海以外の買い手候補の選択肢がなくなっていたことが非常に大きいと思います。従前から鴻海と激しいシャープ争奪戦を繰り広げていた産業革新機構は、2月25日にシャープが鴻海の買収案受入れを決めたことを受けて交渉チームを解散しておりました。したがって、鴻海がどんなに無茶な減額要求をしても、シャープにはほかの代替案がない状態になっていました。シャープ側が「そんなに安い金額ならディールブレイクだ」といってみても、所詮ブラフに過ぎず足元を見られてしまいます。シャープは、鴻海に不利なリストが渡って減額要求がなされることが予想された時点で、買収先決定の発表を後伸ばしするなどして、産業革新機構を交渉のテーブルに留める努力をしておくべきでした。

結局のところ、鴻海によるシャープ買収の事例から見えてくるのは、交渉というのは法律やルールが決まった単純なゲームではない、ということです。相手の出方を予測してMOUや契約条件をしっかり準備しておく法律的な周到さと、いざ予想外の状況が起きたら果断に行動する現場判断の機敏性が要求されます。その点で、シャープの潜在的債務リストを得て即座に値引きの材料に利用した鴻海の経営陣は、シャープやその支援金融機関の一枚も二枚も上手でした。皆様にも、このような大企業のM&A交渉を他山の石とせず、中小企業経営者のM&A交渉の研究素材として十分に生かしていただければと思います。

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