プロコメ

2017.4.12

三越伊勢丹HDがニッコウトラベルを買収

2017.4.12

三越伊勢丹ホールディングスが老舗旅行代理店をM&Aした狙いとは

小黒健三
小黒健三 公認会計士 プロフィールを見る

2017年2月10日の午後3時前になろうとする頃、三越伊勢丹ホールディングスが上場企業のTOBについて約30分後に会見を行う、とニュース速報が流れた。百貨店の再編が本格化するな、と思った人もいただろうし、またバーバリー版権終了後の経営難が伝えられる三陽商会など、アパレル企業を予想する人も多かったのではないだろうか。その買収先が老舗旅行代理店のニッコウトラベルだと予想できた人は少なかったはずである。

1か月半後の3月24日、三越伊勢丹HDは、ニッコウトラベルに対して91.22%の株式を取得したと発表した。5-6月には完全子会社化される予定である。

今回の想定する株式取得金額は約37億円である。TOB開始前日の2月9日までの直近1カ月の終値単純平均301円に対し、約30%のプレミアムが付いた。日本でTOBにより回収できる、とされるプレミアムには様々な議論があるが、30%は少し回収が難しい範囲に入ってきている。三越伊勢丹が、これだけのプレミアムを払っても、老舗旅行代理店を買収した狙いは何だろうか。

市場がこぞって、シルバー消費に期待している。そもそも、日本の富は60代以降の世代に集中している。家計金融資産の7割近くは60代以上が保有し、住宅ローン等を控除した個人別純額貯蓄額でいうと、60代以降が全体の90%を占めているのである。金融資産や貯蓄が消費に直結するわけではないが、日本人のマインドから考えても、子供の教育支出や住宅ローンを抱え、給料の上昇も見込めないなかで、数も増えない日本の若い世代が消費の主力になれるはずもない。

では、豊かな60代、70代はどうだろうか。こちらもモノは買わない。ショーウィンドーを崇め拝み、「いつかはこうしたものを持ちたい」と思うのは若い世代である。私にも経験がある。40代も半ばにもなれば、引っ越しでもなければ大したモノは買わず、そもそもほしいとすら思わなくなる。

三越伊勢丹グループは、裕福なシニア顧客層を抱える百貨店の一つではあるが、モノ商品の消費に振り向けるのはもはや難しい。中国の爆買いも落ち着き、危機感を最も感じているのは、百貨店業界、小売業界であろう。三越伊勢丹グループが、ブライダルや飲食業界も含めて多角化を進めるのも無理はない。

その中で、シニア向け旅行は、三越伊勢丹グループが力を入れるコト商品の本流の一つである。特に、三越伊勢丹が抱えるシニア顧客層に訴えられる、海外旅行商品がニッコウトラベルにはある、という点はポイントであり、狙いと言ってしまってよいだろう。

三越伊勢丹HDが、シニア市場やコト商品注力の一貫として傘下の旅行事業を切り出し、三越伊勢丹旅行を設立したのは2015年1月である。優雅な内装のバスを使った独自企画の旅行に力を入れ、売上は約60億円とニッコウトラベルの約1.5倍の規模がある。しかし海外旅行の比率は低かった。

一方、ニッコウトラベルは、単価が60万円前後の欧州を中心とした、ゆとりある個別企画の高額旅行が得意商品である。ニッコウトラベルの企業方針は「ゆとりのある豊かな旅」。移動を減らし、顧客の体力・体調にあわせて選べるゆったりした海外旅行、を売りとしている。三越伊勢丹の顧客層との親和性は確かにありそうである。

狙いとは異なるが、ニッコウトラベルの財務を含めた状況が本件成立の背景にはあると考えられる。

ニッコウトラベルは無借金で、2016年12月末時点で現預金も23億円ある。TOBのプレミアムは高くは見えても、三越伊勢丹にとって、その買収規模から言っても、高額な買収でないという基本的な想定があったはずである。

ネットを通じて航空券も宿泊先も容易に確保できる時代となり、旅行代理店の経営環境が厳しくなるなか、ニッコウトラベルの顧客であるシニア層の数は増えている。ニッコウトラベルは旅行代理店のなかでは有利なポジションにあり、実際に、収益性は他の旅行代理店よりも高い水準にあるといえる。

では、ニッコウトラベルの事業は順調だったといえるのか。ニッコウトラベルの業績推移をみてみよう。

ニッコウトラベル業績推移

2017年3月期予想は売上高39億円、営業利益は1億円弱。過去数年の営業利益は2億円前後である。その潜在力から考えて、莫大な収益率とはいえないし、潜在的需要の拡大に比して2015年3月期を頂点に、売上も利益も伸ばせていない。

従業員数も60数名程度にすぎない。魅力的な商品企画を持っていても、十分な需要を取り込めるだけの広告宣伝もできないだろう。また、海外旅行には不可避な情勢不安など、不確定な要素に耐えうる規模でもない。

ほかのコラムでも書いたことがあるが、飲食業、旅行業、ホテルなど、一般消費者を相手にする業態で十分な収益性を確保するには、相当な事業規模とシェアが必要である。日本は市場規模に比して、企業数は多く、合理性を考えるほど、M&Aによる企業統合は進んでいくと考えざるをえない。

もともとは、ニッコウトラベルがどこかに譲渡の意思を示していた。その点では、それを活かしてくれそうな三越伊勢丹は、ニッコウトラベルにとっても譲渡先として魅力的と映ったのではないだろうか。

その他専門家コラム

最新のプロコメテーマ