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2017.4.19

日本を代表する企業、東芝の今後の行方は

2017.4.19

『東芝が買収したWHの企業価値の変遷』

吉村史明
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2015年春頃から、名門企業東芝の問題がたびたび紙面を揺るがしています。発端はパソコン事業部の粉飾決算による第三者委員会の設置と2015年3月期の有価証券報告書の提出遅延によるものでしたが、昨今の問題は原子力部門の子会社ウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニー社(以下、「WH」)の抱えている損失にもっぱらフォーカスされておりました。東芝の上場廃止や倒産危機を警告する記事が毎日のように流される中、東芝は第3四半期決算の公表延期を繰り返し、2017年3月29日にWHはついに米国連邦倒産法第11章に基づく再生手続を申し立てるに至りました。これによりWHは東芝グループの連結対象から除外されるものの、WHに対する投資勘定の全額減損、親会社保証引当金の計上、WHグループ向け債権に対する貸倒引当金の計上などの影響が見込まれております。東芝のIRリリースによると、まだ数字の確定が難しいものの、2017年3月期の決算では、当期純損失▲10,100億円、株主資本▲6,200億円、連結純資産▲3,400億円になる可能性が示唆されております。一連の混乱を受け、東証は2017年3月15日付で東芝を監理銘柄に指定しました。

さて、WH買収時から現在に至る過程において、WHの企業価値は、どのように東芝の連結財務諸表に反映されていたのでしょうか。株式取得時に遡って検証していきたいと思います。

【WH株式取得の経緯】

そもそも米国WHは、1957年に世界に先駆けて原子力事業を始めて以来、60年にわたり原子力発電プラントに関する広範な製品販売と関連サービスの提供をしてきた、米国の基幹産業を担う巨大企業です(東芝が買収した当時は、世界14か国に34の拠点を持っておりました)。

もともとはウェスティングハウス・エレクトリックの一部門でしたが、同社がCBSを買収しCBSコーポレーションとなってからは、多くの部門の切り売りが始まり、原子力部門も買収の対象となりました(今にして思うと、その頃からいろいろな問題を抱えていたのかもしれません)。結局米国内に原子力部門の引き取り手は見つからなかったのか、1999年に英国核燃料会社(英国の国有企業)が11億ドルで引き取ることになりました。原子力産業は米国の戦略産業であるため、米国政府を通じて同盟国である英国政府に打診が行ったものと推察されます。

その後、英国核燃料会社もWHを持ちきれなくなってしまったのか、2005年に18億ドル相当で売却する方針を打ち立てました。この売却の件については、アメリカ政府、イギリス政府を通じて日本政府に打診があり、日本の原子力産業を牽引する東芝、日立、三菱重工の各グループによる入札が行われることになったものと想像されます。当時は三菱重工がWHと親密な関係にあり、三菱グループが20億ドル台で落札するものと思われておりましたが、結果的には東芝が54億ドル(約6,210億円)という破格の値段で落札し(2006年1月)、世界を驚かせることになりました。WHの指導のもと、原子力産業を育ててきた日本企業としては、過去の指導的立場にあたる企業の買収に際し、通常と違う判断が働いてしまったのかもしれません。この当時は、電力の低コストでの安定供給、地球温暖化の防止の観点から原子力発電の有効性が叫ばれていた時代でした。しかも中国をはじめとするアジア圏の経済成長が見込まれていたため、原子力産業の将来性は比較的楽観視されていたものと思われます。東芝はWH買収当時、原子力発電事業はさらに3倍に拡大するであろう、という考えをIRリリースでうたっておりました。

【WH株式取得による財務諸表への影響】

買収対象企業の純資産価値以上の値段で企業買収を行った場合、買収額と純資産額の差額は「のれん」代として購入側の貸借対照表(以下「BS」)に資産計上されることになります。当然、高額買収をすればするほど、BSに計上される「のれん」の金額は大きくなってしまいます。この「のれん」は、日本の現行会計基準によると、一定期間での償却が義務付けられているため、高額買収をした場合に、大きな償却負担が発生します。東芝のようなグローバル企業は米国会計基準を採用しており、この基準においては償却義務がないのですが、代わりに決算ごとに「減損テスト」を行い、企業価値がのれんの価値に見合わないという判断が下された時点で、一気に減損損失が計上されることになります。

したがって、高額ののれん計上は、経営者としてはできるだけ避けたいところであり、M&Aを決断する買い手企業においても、断念する原因の一つとなるところであります。つまり、それなりの営業上のシナジー効果、将来業績の拡大見込みがないと、なかなか踏み切れない決断です。2007年3月期の東芝の有価証券報告書のいわゆる「リスク情報」においても、WHののれん価値の維持・向上が図れないリスク、また、半導体と原子力事業に戦略的集中投資を行っているリスクが記載されておりました。以下はWHの買収前と買収後の決算数値の比較であります。

(図1:2006年3月期と2007年3月期の連結財務諸表数値の比較) (単位:百万円)

科目 2006年3月期 2007年3月期 増減額 増減率
BS:のれん 24,191 368,537 344,346 1423.4%
BS:技術ライセンス等 91,480 378,183 286,703 313.4%
BS:社債借入金 917,518 1,158,485 240,967 26.3%
BS:総資産 4,727,113 5,931,962 1,204,849 25.5%
PL:北米売上 888,501 1,020,531 139,846 15.7%
PL:欧州売上 658,734 830,231 171,497 26.0%
CF:WH買収支出 ▲461,338 ▲461,338 -%
CF:長期借入 108,393 467,717 359,324 331.5%

(注)PLは損益計算書、CFはキャッシュ・フロー計算書のこと

のれん、技術ライセンス料などの無形固定資産とその買収資金のための借入金は大きく増加し、グループ全体の総資産も約25%増加するという、非常にリスクの高い買収劇だったことがわかります。

【WHのれんの減損時期の判断】

それでは、WHに関するのれんは過去どのような「減損テスト」が行われ、いつ償却されるべきだったのでしょうか。のれんの減損は、① 投資対象となった会社の業績がなかなか伸びず、今後も成長の可能性が望めなくなった場合、② 投資対象となった会社が突発的な事故に見舞われるなどにより、多額の損失が発生する可能性が高くなった場合、などに行われます。ただし、将来の成長性の判断、企業の将来キャッシュ・フローの判断については、主観的な要素を伴います。また、価値算定の際の割引率やグループの区分け、などについても恣意性の介入する余地があるため、実務上は会社側と監査法人サイドで意見調整が行われる可能性の高い部分でもあります。

WHの場合、減損損失を計上する時期として、まず東日本大震災直後の判断がどうだったのか、という点に思い至ります。東日本大震災は、2011年3月11日に発生し、福島第一原発の事故を誘発し、日本だけではなく世界中の多くの原発が稼働を見合わせる、という大変な事態を巻き起こしました。当然、WHが受注していた原発プラント開発の進捗状況等にも大きな影響を与えたはずであり、原発事業の成長戦略そのものにも、多大なる影響を与えたこととなったはずです。

2007年3月期以降の東芝のBSに計上されているのれん及びブランドネーム等の非償却性資産の残高推移を下記に掲載します(東芝の有価証券報告書の注記より。2012年3月期以降はパソコン不適切会計による訂正報告書の数値に基づく。)。

(図2:のれん等の残高推移表)                 (単位:百万円)

年度 BS:のれん等非償却資産残高 増減額 外貨調整以外の増減額 のれんの

減損認識

2007年3月期 423,036 394,401 なし
2008年3月期 381,591 ▲41,445 10,828 なし
2009年3月期 355,041 ▲26,550 ▲2,004 なし
2010年3月期 356,022 981 14,838 なし
2011年3月期 320,178 ▲35,844 ▲11,246 なし
2012年3月期 443,625 123,447 126,321 なし
2013年3月期 552,875 109,250 54,359 なし
2014年3月期 624,073 71,198 15,923 なし
2015年3月期 731,251 107,178 34,473 なし
2016年3月期 387,357 ▲343,894 ▲303,978 ▲294,972

(注1)2012年3月期の増加はランディス・ギア社の買収による。
(注2)2013年3月期の増加は東芝テック㈱による米国IBMのリテール・ストア・ソリューション事業部門の買収による。

図2を見る限り、2011年3月期もしくは2012年3月期にWHのれんの減損を計上するどころではなく、むしろランディス・ギア社や米国IBMのリテール部門の買収などを繰り返しております。2016年1月には、WHの訴訟の相手方であったCB&I社をWH社に買収させる、という離れ業まで行っており、「買収価額が取得純資産の公正価値を上回る見込みであり、当該超過額をのれんとして計上することになる(約105億円)というリリースまで行っております。突き進むところまで突き進む、といった感じです。

一方で、2015年11月12日に日経ビジネスがスクープ記事を掲載しました。その内容は、米国WHが単体決算で2012年と2013年度に1600億円ほどの減損処理を実施しているにもかかわらず、東芝が連結決算の過程においてその減損処理を取り消しているという内容のものでした。図2ののれん等残高の推移をみる限り、その記事の内容は否定できないようです。2016年3月期になってやっとのれんの一部を減損したようですが、それも全額ではないよう思われます。

数年前から、安倍総理大臣が積極的に外交行脚に赴き、日本の原発ビジネスを世界中にアピールしていたのが記憶に新しいのですが、ひょっとして東芝の原発事業の損失隠ぺいは、官民ぐるみで行われていたものなのかも?と、ついつい疑いたくなってしまいます。もともとは政府筋から買収の話があったようですので、WHの損失処理をどうするのか、連邦破産法の申請をしてもよいものかどうか、などの判断も、日本政府、米国政府を巻き込んで行われたものであることは想像に難くありません。WHがそもそも米国の基幹産業を担っているため、もはや東芝単体の判断で減損損失を計上する、というレベルの話ではなかったのかもしれません。

今後は、イギリスの原発事業に投資した日立製作所、フランスの原発事業に投資した三菱重工についても、巨額損失が発生するのではないかという懸念が一部の報道でなされております。

東芝と同じことがこれ以上起きないよう、切に願うばかりです。

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