» 伊藤忠商事によるヤナセTOBの株価

テーマ伊藤忠商事によるヤナセへのTOB

5月25日、伊藤忠商事がヤナセに対するTOBを実施すると発表しました。

元々39.4%の株式を保有する筆頭株主ではありましたが、今回のTOBを通じて株式の保有比率を最大65%程度にまで引き上げるということです。これによりヤナセは伊藤忠商事の子会社となります。

伊藤忠商事は何を目的に子会社化を行うのか、考察します。

「伊藤忠商事によるヤナセTOBの株価」

2017年7月5日
吉村史明

公認会計士

吉村 史明
北海道出身。一橋大学(商学部経営学科)卒。
平成3年公認会計士2次試験合格後、太田昭和監査法人(現新日本監査法人)に入所。金融商品取引法監査、会社法監査並びに株式公開支援業務に従事。平成7年公認会計士登録。平成12年監査法人退所後、公開準備会社に転職。公開業務終了後、独立。
現在は、税理士法人 AKJパートナーズにて、M&Aに関わる企業デューデリジェンス・組織再編・税務、不動産投資コンサルティングに従事。

伊藤忠商事によるヤナセTOB

2017年5月25日、伊藤忠商事株式会社(以下、「伊藤忠」)は、持分法適用会社であった株式会社ヤナセ(以下、「ヤナセ」)の株式を追加取得し、連結子会社化することを発表しました。ヤナセは非上場会社ではありますが、有価証券報告書は提出しているので、形式上は公開買付(TOB)の手続を踏むことになります。ただし、実質は、すでにTOBに賛同予定である株主と伊藤忠との間で株価についての交渉が決着しており、既存株主同士の相対取引と考えてよろしいかと存じます。

 

外車の販売ディーラーとしては日本を代表する企業

ヤナセは、もともと大正4年創業のオーナー企業で外車の販売ディーラーとしては日本を代表する企業です。日本の高度成長とともに外車の販売台数も大きく伸びたため、会社は日本経済の発展とともに大きな成長を遂げました。しかし、ベンツ、BM、VW等との独占販売契約の打ち切り、バブル崩壊により外車の販売低迷などにより業況が厳しい状況に陥り、一時は倒産寸前まで追い込まれることになります。

そのような状況の中、財務体質改善を目論んで、ヤナセは平成15年2月に第三者割当増資を行うことになりました。この時の引受株価は1株当たり288円であり、伊藤忠、日本土地建物、大手損害保険会社、大手ノンバンク、清水建設など、名だたる企業が増資を引き受けることになりました。この際に伊藤忠は筆頭株主として資本参加(当時の所有割合は12.92%)し、従来同族経営であったヤナセの経営再建に主導的に携わることになりました。その後、第三者割当増資の参加者であった既存株主からの買い取りを数回繰り返し、再度の第三者割当増資などを経て、現在は39.49%まで所有割合を伸ばし、関係性を深めております。

 

まず、TOB後の所有割合は、50.1%~65.3%を想定しているようですので、一連の行為は伊藤忠の連結売上高を増やすことを意識しているように感じられます。所有割合20%超50%以下の持分法適用の場合は、所有割合に応じた利益のみを連結決算に取り込むことはできますが、売上高を取り込むことはできません。その一方で過半数の株式を取得し連結子会社化すれば、売上高は100%合算することができ、利益は所有割合に応じて取り込むことになります。ヤナセの直近の売上高の推移は以下のとおりです。

H24/9期 H25/9期 H26/9期 H27/9期 H28/9期
3135億円 3375億円 3908億円 4182億円 4091億円

 

一方、伊藤忠の直近の連結売上高の推移は以下のとおりです。

H25/3期 H26/3期 H27/3期 H28/3期 H29/3期
4兆6994億円 5兆5875億円 5兆5914億円 5兆835億円 4兆8384億円

 

伊藤忠の売上高は為替相場に大きくされる傾向がありますが、ヤナセの売上取り込みにより、最近減少傾向にある連結売上高の補填効果があることになります。

 

今回のTOB株価についても注目すべき点

また、今回のTOB株価についても注目すべき点があります。ヤナセの平成28年9月期現在の1株当たり純資産額は、有価証券報告書によると1,025円45銭です。それにもかかわらず、今回のTOB株価は540円とリリースされております。この根拠として伊藤忠のIRリリースには、純資産価値のほか、同業他社のPBRや非上場会社であるがゆえの非流動性ディスカウントを加味し、そのうえで相対交渉した結果である、と説明されております。

今回のTOBの応募予定である相対株主は、あいおいニッセイ同和損保(第2位株主)、東京海上日動火災保険(第3位株主)、三井住友火災海上保険(第5位株主)、損保ジャパン日本興亜(第8位株主)の4社であり、いずれもヤナセと関係の深い損害保険会社です。

これらの保険会社は、平成15年の第三者割当増資の際に、伊藤忠商事と同様に増資に応じた会社であり、その際の株価は1株288円だったので、今回540円でTOBに応じたとしても十分な利益は得ていることになります。また、ヤナセの経営再建はあくまで伊藤忠主導で行われたものであり、ヤナセの企業価値をここまで回復させたのも伊藤忠の10数年にわたる努力の賜物である、ということを考えれば、他の株主が1株当たり純資産以下の価格で伊藤忠商事に株式を引き渡す決断をしたとしても、決して経済合理性がない行為とは言えないでしょう。むしろ自然な行為である、という解釈も成り立ちます。

今回の事例は、非上場会社の主要株主として発展に寄与した株主(親会社もしくは経営者を兼任するオーナー)が、他の株主から株式を1株当たり純資産額以下で取得することについての正当性が認知された一つの事例であり、今後の同様なケースにおいても、参考にされることと思われます。

その他専門家コラム

  • 「伊藤忠によるヤナセ株TOBに見る今後のTOBの傾向」

    小坂俊介

    弁護士

    東京総合法律事務所代表パートナー。同所母体である西川茂法律事務所に2004年10月入所、2009年よりパートナー。主な業務は顧問業務。付随する個別案件として、相続・事業承継、M&AのDDや契約交渉、企業倒産等を扱う。現場主義をモットーとし、クロスボーダー案件では、東南アジア内陸部等のサイトビジットを活発に行う。

  • 「伊藤忠によるヤナセに対するTOBにおけるTOB価格の妥当性」

    清野 訟一

    弁護士

    2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)、祝田法律事務所パートナー。大手証券会社M&Aアドバイザリー部門への出向経験も活かし、M&A、会社関係訴訟・非訟、コーポレート・ガバナンス等を中心に手掛ける。株価決定事件や新株発行差止仮処分命令申立事件などのM&A関連の事件を数多く担当し、紛争解決を見据えたM&A対応に強みを有する。著作論文等として『コーポレート・ガバナンスの法律相談』(共著)(青林書院、2016)ほか多数。