マネックスグループ株式会社(「マネックスグループ」)は本年4月16日、コインチェック株式会社(「コインチェック」)の全株式を取得することにより、同社を完全子会社化したことを公表しました。
マネックスグループは、オンライン証券会社であるマネックス証券を中核とする、複数の金融会社を傘下にもつ持株会社です。
コインチェックは、インターネット上で仮想通貨の取引所を運営する事業、すなわち「仮想通貨交換業」を営む会社です。
コインチェックには本年1月、サイバー攻撃により、同社が顧客からの預り資産として保有していた仮想通貨「NEM」を数百億円規模で流出させた事件がありました。
事件を受け、関東財務局は本年3月8日、コインチェックに対して業務改善命令を発しています。業務改善命令の具体的な内容は、コインチェックが仮想通貨に関連する各種リスクに対して適切な内部管理態勢を整備・強化していなかった等を理由に、以下の対応を求めるというものです。
ⅰ.経営体制の抜本的な見直し
ⅱ.経営戦略を見直し、顧客保護を徹底
ⅲ.取締役会による各種態勢の整備
ⅳ.取り扱う仮想通貨について、各種リスクの洗出し
ⅴ.マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係る対策
ⅵ.現在停止中の取引再開及び新規顧客のアカウント開設に先立ち、各種態勢の抜本的な見直し、実効性の確保
これに対し、コインチェックは自社単独で対応することが難しいことから、マネックスグループの傘下に入ることを決めたものと思われます。
マネックスグループによるコインチェックの子会社化は、業務改善命令を受けたコインチェックが、まさに経営の立て直しを図ろうとするタイミングで実施されたものです。これにはどのような思惑があるのでしょうか。
マネックスグループは、傘下のマネックス証券によるオンライン証券業を中核的な事業する企業グループです。そしてマネックス証券は「一歩先の未来の金融」を企業理念としており、IT技術を用いた先端的な金融サービスに意欲的に取り組んでいます。
他方、コインチェックは、業務改善命令を受けたものの、多数の仮想通貨の取り扱い実績を有しており、仮想通貨の取引所としては国内最大手の規模を有しています。
仮想通貨やその根底にあるブロックチェーン技術は、今後の金融サービスを考えるうえでますます重要性を増してゆくと考えられます。
マネックスグループは、今回、コインチェックをグループ傘下に置いた理由として、同社が有するブロックチェーン等の技術や仮想通貨の知見を取り込み、自社グループ内で「第二の創業」と位置付け取り組んでいる仮想通貨ビジネスへの参入を加速したいという思惑を述べています。
マネックスグループによるコインチェックの子会社化は、同社にNEMの流出事件があり、当局による業務改善命令下でなされたものです。この点については、次の点が検討課題にあったと思われます。
マネックスグループによる子会社化の時点で、コインチェックは仮想通貨の取引所を運営するために必要な仮想通貨交換業の登録を完了していません。
仮想通貨の取引所を開設し運営する場合、「仮想通貨交換業」の登録を受ける必要があります(資金決済法63条の2)。
このような登録制度は、2016年の資金決済法の改正で初めて設けられたものです。そのため、法改正前から仮想通貨交換業を行っていた業者には、経過措置が認められています。法改正の施行日(2017年4月1日)から6か月以内に仮想通貨交換業の登録を申請した場合、登録の可否についての判断がなされるまでの間、未登録の状態で仮想通貨交換業を行うことが可能です(いわゆる「みなし登録」)
現在、コインチェックは仮想通貨交換業登録の申請後、登録が完了しておらず、みなし登録により業務を行っている状態です。コインチェックが今後、業務改善命令に従った業務改善を十分に行わなかった場合、最終的に仮想通貨交換業の登録を受けることができず、仮想通貨の取引所事業を継続することができなくなるという事態もありえます。
また、コインチェックには、NEMの流出に関連して、顧客との間のトラブルも考えられます。
子会社化を公表した際の記者会見で「NEM流出に関連したコインチェックの顧客に対する補償はすべて完了している」とされましたが、一方で、顧客等による訴訟等の懸念が払拭されたわけではないことも示唆されています。
マネックスグループによるコインチェックの買収にあたっては、上述の状況を踏まえた対応がなされています。
まず、コインチェックが今後、仮想通貨取引所の営業を継続するためには、仮想通貨交換業の登録を完了する必要があります。そのためには、業務改善命令で求められている経営体制の抜本的な見直しが必須です。
この点についてコインチェックは、マネックスグループによる子会社化と同時に、経営体制を刷新することを発表しました。ここで特徴的なのが、経営陣を経営監督機能と業務執行機能に分離するということです。
まず、コインチェックの(会社法上の役員である)取締役として、新たにマネックスグループ役員と弁護士、銀行役員経験者が就任し、同日、旧経営陣は取締役を退任しました。
これらの新たに就任した取締役で構成される取締役会には、業務執行に対する監督機能を持たせます。
一方で退任した取締役の一部は、(会社法上の役員とは異なる)執行役員として会社に残り、新取締役の一部と共同して業務の執行に当たります。
旧経営陣に会社法上の役員としての権限を持たせることなく経営に参画させるとともに、新たに取締役として就任したマネックスグループ役員と社外役員が経営を監督することにより、仮想通貨交換業の登録完了に向け旧来のリソースを損なうことなくガバナンス体制を強化しようとしたものと考えられます。
次に、マネックスグループによるコインチェック株式の取得価額は36億円とされています。これは、推測されるコインチェックの資産規模などと比較すると、低廉な金額であると思われます。
これについては、マネックスグループとコインチェック株式の譲渡人(コインチェックの旧取締役など)との間で、「一定の条件が満たされれば追加の譲渡対価が後払いされる」合意が取り交わされているようです。
具体的には、マネックスグループが譲渡人に対し、既に支払いがなされた36億円とは別に、今後3事業年度の当期純利益の合計額の2分の1を上限として、一定の事業上のリスクを控除して算出される金額を追加で支払う模様です。
マネックスグループとしては、企業買収の代金の一部を条件付き後払いとすることで、買収後のコインチェックに万が一、当局や顧客との対応による想定外のコスト増がみられた場合や、コインチェックが仮想通貨交換業の登録を得られなかった場合、追加代金の負担を軽減しようとしたものと推測されます。
現在、仮想通貨取引に対しては仮想通貨交換業について資金決済法上の登録制度はあるものの、株式や債券あるいは通貨(外国通貨)のような、金融商品取引法などによる取引規制は存在せず、取引ルールもまだまだ未成熟です。
市場の活性化に向けては、顧客が安心して取引を行うための土壌づくりが不可欠です。そして、法制度が未成熟な段階では、そういった土壌づくりにおいて、事業者自身による自主的な取り組みに委ねられているところが大きいといえます。
現在、仮想通貨には価格変動リスクが大きい、価値保証がないなどの課題も指摘されますが、これらの課題を乗り越えた場合、有用な決済手段となりうるとして、将来性が期待されています。
仮想通貨交換業として国内最大手のコインチェックが、今後、マネックスグループの支援の下、ガバナンス体制を充実させ、仮想通貨取引の環境整備に貢献することに期待したいところです。