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2019.4.3

JTのM&A戦略について

2019.4.3

JTにみるM&Aによる飛躍的成長とリスク管理

鼎博之
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JTによるM&Aの背景

JTは1985年4月、国営の専売公社から民営化に舵を切った。この年は図らずも、ニューヨークのプラザホテルで、主要先進国主要蔵相・中央銀行総裁会議が開催され、いわゆるプラザ合意がなされた年でもあった。今日の米中貿易戦争と状況が似ており、日本の自動車や家電製品が米国や欧州市場で多額の貿易高を誇り、先進国が日本との貿易赤字に悩んでいた頃である。この結果、ドル円の為替レートが、従来の1ドル約250円から、1年後には1ドル125円程度となる急激な円高・ドル安が実現したのであった。また、この後数年で各国の通商交渉の結果、外国製品に対する大幅な関税が撤廃されることも実現した。これは例えていえば、米国から輸入するコカコーラ1杯250円が半値の125円に値下がりしたことになり、また、輸入たばこが、嘗て1箱800円以上したものが関税撤廃も手伝って1箱400円前後になるということである。関税と円安で保護されてきた専売公社は、民営化と同時に外国製品との競争という急激な環境変化にさらされることとなった。
一方、円高は日本円の国際的な評価が高まったことでもある。従来の高級輸入商品が半値近くで購入できることとなり、海外の消費者向けブランド商品が大量に日本市場に流入することとなった。
たばこ業界では、Philip Morrisや British American Tabacoが、JTの何倍もの売上げ規模を誇り、世界中で販売競争を繰り広げていたが、JTは、ここでM&Aによる競合相手の買収という大きな賭に打って出ることとなった。

JTによる三段跳びM&Aの内容

1998年、世界第2位のRJIナビスコは、米国外のたばこ事業を切り出して売却することを決定した。この国際入札に対して、JTは77億9000万ドル(日本円で9420億円)で買収することに成功した。この結果、Winston やCAMELという世界的ブランド及び世界中の工場、営業所、さらには国際的な経営人材を確保した。また、JTは、この買収により海外での販売数量が一気に10倍になり、世界シェア1位Philip Morris、2位 British American Tabaco、3位RJR ナビスコ、同列3位JTの世界企業に躍進した。
さらに、JTは、上記の大規模M&Aの経験を基に、2007年に英国の名門たばこ会社であり、当時世界シェア第5位のギャラハーを買収した。この買収額は、2兆2000億円で、それまでの日本企業が実施した史上最大のM&Aであった。この結果、JTは、世界シェア第3位の地位を不動のものとした。
上記大型M&A以外に、JTはこの間、医薬事業、加工食品事業などいくつもの買収・資本提携を繰り返しており、成長のためには時間を買うM&Aを成功裏に導いている。

M&A成功の秘訣

このように、日本企業による国際M&Aとしては極めて稀な成功を導いているJTの成功の秘訣は何であろうか。JTによるこの間の買収劇を通じて、一環して見られる傾向は次の通りである。
買収の目的を明確にする
(1)規模の拡大によるスケールメリット、いわゆる規模の経済を生かすことができる  か。
(2)M&A当事者の補完性を生かした競争力の強化が図れるか。
(3)技術やインフラの強化を図ることができるか。
(4)M&A後の経営に従事する人材の確保が図れるか。

買収相手を普段から検討する

戦略的なM&Aにおいては、競合相手は当該会社自身が最も良く知っている。ところが、現実的には、買収案件はコンサルタントであるとか投資銀行から持ち込まれることが殆どであり、持ち込まれた時から買収対象を研究することがまま見られる。このような場合には、買収相手の内容が十分検討できない場合が多い。通常のDDの期間は数ヶ月程度、場合によれば1~2ヶ月程度であり、このような短期間では、買収相手の経営実態を検討することは困難であり、PMI (post-merger integration)が有効に達成できないことがままある。
JTにおいては、1988年の時点で、RJRナビスコから米国以外の海外たばこ事業を購入することの打診があったが、DDの結果、あえて買収しないという結論に至った。結果として、RJRナビスコは、PEファンドであるKKRが、LBOにより買収することになった。LBOは、買収相手の資産やキャッシュフローを当てにした資金調達で買収資金を捻出することであるため、RJRナビスコは、借入金返済のため、傘下のデルモンテなどのブランドの売却を繰り返した。結局、10年後の1998年にRJRナビスコは、米国以外の海外たばこ事業を売却することになり、この2度目の買収提案に対して、JTが十分に買収相手の経営実態を知り尽くした上で買収することになったのである。

PMI(post-merger integration)の貫徹

M&Aが成功するか否かは、PMIに成功するかにかかっている。
日本企業が国際M&Aで失敗している原因の幾つかは、PMIに失敗していることが大きい。つまり、日本企業には海外企業の社員を有効にマネージメントする人材が不足しており、勢い買収後も現地の経営陣にそのまま経営を委ねるケースが多い。せいぜい、お目付役として、取締役に本社役員を数名任命し、副社長や経理部長を現地に派遣することで現地会社の経営にアクセスしようとするが、全面的にトップから入れ替えることはしないのが通常である。また、闇雲にトップを日本から派遣した日本人に入れ替えると優秀な社員が辞めてしまうことも多い。したがって、JTの例でも、買収後100日以内に統合計画を立て、現地社員の待遇や統合後の投資など青写真を社員全員に示す作業に力を入れている。

世界企業の運営に従事する人材の確保

JTの場合、スイスのジュネーブに海外本社を置き、その海外事業の運営はその世界本社が全世界の運営を行っている。なんと、JTの全社員6万4000人中、海外たばこ事業に従事する外国籍社員が4万5000人であるという状況からは、日本から世界事業を経営するのでは、世界で事業を展開する人材の確保は困難である。
人材の確保という意味ではダイバーシティの維持は、一番の要素である。日本でダイバーシティといえば、女性や外国人社員の採用ということが採用されるが、JTの海外本社は、4万5000人のスタッフのうち、日本人は数百名のみで、50カ国の国籍を持つ多様な人材が働き、役員クラス17名の国籍は12カ国に及ぶ。また、東京本社とスイス海外本社との人事交流も盛んに行われ、日本人集団で働いていた日本人社員が、スイスというアウェーに送りこまれ、国際的な経営の実務を経験して日本に戻るという人事交流を行い、今やその種の海外経験者は500人を優に越すという。このように、海外勤務経験を有する者が、500人あるいは1000人規模で存在しない限りグローバル企業の経営は不可能である。ただ単に、スローガン的に女性や外国人社員の採用を積極的に進めるというより、世界中から人材を集める程の魅力のある事業運営をおこなっているか、更に、国籍や性別にかかわらない平等な待遇を行っているかにかかっていると思われる。

JT成長のリスク要因

JT成長のリスク要因の一つは、先進国における健康意識の向上とたばこ訴訟の行方である。
去る2019年3月1日、カナダ・ケベック州控訴裁判所は、カナダ市民からの集団訴訟において、JTのカナダ現地子会社であるJTI-Macdonald Corp.に対して、約17.7億ドル(約1,480億円)の支払を命じる判決を出した。
https://www.jti.co.jp/investors/library/press_releases/2019/pdf/20190302_J1.pdf
資本金が、450億円の現地会社に対して資本金の3倍以上の賠償金を命じられたのである。同社は、経営維持のために、最高裁判所への上告をすると共に、債権者調整法の適用を申請し、とりあえず事業の継続には支障のない状態となった。
https://www.jti.co.jp/investors/library/press_releases/2019/pdf/20190309_J01.pdf
上記のたばこ訴訟は、喫煙者から提起された集団訴訟であるが、それ以外にもカナダの複数の州政府からもたばこによる医療費増加に伴う費用の負担を求める訴訟が提起されている。JTの2019年3月20日提出の有価証券報告書によると、喫煙と健康に関する訴訟は21件提起されているとのことである。上記集団訴訟及び州政府からの訴訟提起は、British American Tobacco PLC 及びPhilip Morris International Inc.に対しても提起されており、世界第3位の規模のたばこメーカーとなったJTに対しても同様に、健康意識の向上による集団訴訟とたばこに関連する医療費の増加に悩む州政府からの訴訟というリスク要因を抱えることとなったことを意味する。
嘗て、米国に進出した日本の家電メーカーや自動車メーカーの多くが、その市場における存在感を示す規模にまで到達したとたんに、欠陥車問題や、現地労働者の差別問題に伴う各種の訴訟に巻き込まれていく過程を見てきた。JTが世界における存在感を示せば示すほどその抱えるリスクも大きなものとなっていくことが予想できる。その中でいかに海外市場において最善の対応をすることができるかにより、その真価が問われることとなるであろう。
(JTのM&Aに関しては、RJIナビスコからの米国外のたばこ事業の買収やギャラハーの買収を社内で主導した新貝康司氏の「JTのM&A」(日経BP社刊)を参考にさせていただいた。)
(了)

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