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2019.4.10

平成から令和へ~外食産業~

2019.4.10

平成から令和へ~外食産業~ その1 平成元年~平成9年

照井 久雄
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はじめに

いよいよ、4月30日に「平成」という時代が終了する。まさに、バブル絶頂期からスタートし、バブルがはじけ「失われた時代」といわれ経済成長が鈍化した時代。この時代の中で、「外食産業」はどのように、変化していったのか。外食産業が歩んだ「平成」を「株式上場」と「M&A」という切り口で1年ずつ振り返っていきたいと思う。

平成元年~平成9年

平成元年 外食産業ではどんな時代だったのか。「てんや」1号店オープン、長谷川実業(現グローバルダイニング)が「カフェ ラボエム世田谷」がオープンしたのもこの年である。今年、お亡くなりなった石井誠二氏が「八百八町」1号店を出店したのもこの年である。
M&Aでいくと、大庄が「949」を展開するイズプランニングを買収している。
上場関連でいくと、サトが大阪証券取引所第一部に上場、銀座ルノアールが株式を店頭公開したのもこの時期である。時代は、個人消費、設備投資ともに順調で、国内需要も好調。平成元年末に日経平均3万8915円を付け、4万円を超える日も近いと、絶頂期をむかえていた。

平成2年、牛丼チェーンの上場が相次ぐ。まず、1月に吉野家が株式を店頭公開、続き10月に松屋が店頭公開。またグリーンハウスが店頭公開したのもこの年である。M&Aでは、JR東日本が「ベッカーズ」を買収。京樽が米国レストランチェーン2社を買収。この年は、不動産バブルが頂点にいった年ともいわれている。まさにバブルの絶頂期。しかし、一方でバブルがはじける予兆も多々出てきた年でもある。株価が下がったのもこの年である。まさにバブルの終焉を目前の年であった。

平成3年、元気寿司、ステーキ宮が店頭公開、サガミチェーンが名古屋証券取引所二部に上場した。M&Aでは、西洋フードシステムが九州の「グルッペ」を買収。この頃、バブルが崩壊し、景気は悪化をしていくこととなる。

平成4年、テンアライドが東京証券取引所第二部に上場。大庄が「やる気茶屋」を吸収合併。この年に、「和民」1号店オープン。また、「鳥貴族」のFC1号店出店もこの年。景気は下降の一途をたどる。マクドナルドがハンバーガーを100円で販売したのもこの年である。

平成5年、ジョイフルが福岡証券取引所に上場、藍屋が東京証券取引所二部に上場、プレナスが店頭公開した。この年、アトムが「すしボーイ」を買収。この時期、株価は下落し、平成元年に3万8千をつけた株価は、半分以下の1万8千円までさがった。モンテローザの総店舗数が100店舗を超えたのはこの年であった。
平成6年 この年は、株式上場、M&Aともに大きいものが無かった年である。

平成7年 テンアライドが東京証券取引所一部上場。この年も大きなM&Aは行われなかった。一般的に景気が悪化すると証券市場もM&A市場も悪化するといわれているが、まさに、この時期は両市場ともに大きな動きがなかった年でもある。この年に、チムニーが「はなの舞」1号店をオープンしている。元気寿司が香港に1号店を出したのもこの年であった。この年は、1月に阪神・淡路大震災が起きた年である。

平成8年 モスフードサービスが東京証券取引所一部に指定。マルシェが株式店頭公開。大庄が「マ・メゾン」を買収。この年に「yahoo japan」がサービスを開始。

平成9年 ゼンショーが日本証券業協会に店頭公開。バーミヤン店頭公開。大庄東京証券取引所第二部株式上場チムニー経営権が米久に移動。京樽が会社更生手続きを開始。
景気としては、失われた10年といわれた真っただ中であり、平成9年6月から平成11年1月までの20か月は第一次平成不況とも呼ばれる時代である。長谷川実業がグローバルダイニングと社名変更したのはこの年である。またこの年に、「焼肉市場市場七輪」から「炭火焼肉酒家牛角」に名称変更。この年は、平成10年以降の主役となっていくゼンショーとレインズインターナショナル(牛角など)に大きな動きがあった年でもあった。

まとめ 平成元年~平成9年

この10年をまとめていくとバブルの絶頂期から崩壊、そして景気不況となる中で、外食産業もファミリーレストランなどを中心に株式上場などが行われてきた。また、現在大きく成長した業態、「てんや」「和民」「牛角」「鳥貴族」「はなの舞」などが生まれ足場を築いていた時代でもあった。
M&A業界では、大庄が多く行っていたが、そこまで多くのM&Aが行われたわけではない。外食産業のM&Aは、次の10年に大きく変革していくこととなる。これは、次の10年にまとめていきたいと思う。

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