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2019.6.19

IT業界のM&Aについて

2019.6.19

IT/デジタル業界は、M&Aによって企業の成長を目指せ

鼎博之
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政府によるIT政策大綱の決定

日本政府は去る6月7日、IT総合戦略本部と官民データ活用推進戦略会議の合同会議を首相官邸で開き、IT政策の大綱を決定した。急速に進展するデジタル技術の進展に対して、日本の強みといわれる「カイゼン」「すりあわせ」「現場力」などのフィジカルな空間がデジタル化の波に巻き込まれていく状況にあり、もし日本がデジタルの分野でも負けてしまうと、日本の強みと言われてきたフィジカルな分野までもが競争に負けてしまう恐れもある。そこで、このような産業界の新たな潮流のなかで、デジタル時代の国際競争に勝ち抜くための環境整備を図るという目的で大綱が作成されたものである。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20190607/siryou1.pdf
本大綱の1つめの柱は、国境を越えたデータ移動に関し、データを安全・安心に、自由に活用することができるルールを構築することである。各種のデジタルデータは、小売り需要の予測や新商品・サービスの開発、医療など、さまざまな分野での活用が見込まれている。データを、デジタル時代の競争力の源泉とみなし、「21世紀の石油」と位置付け、データを特定の国が抱え込むのではなく、プライバシーやセキュリティ・知的財産などのデータの安全性を確保しながら、国内外において自由に流通することを目指していくことが必要であるとしている。
2つめの柱は、官民のデジタル化の推進である。その内容としては、例えばマイナンバーの普及のために、消費税導入の際の自治体ポイントの実施や、健康保険証との連携による医療事務の効率化や患者の利便性の向上を目的としている。また、日本が他国より遅れている次世代通信規格「5G」や人工知能(AI)分野への取り組みも政府を挙げて加速する意向であり、安倍晋三首相は、6月28、29両日に大阪で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議で、日本がリーダーシップを発揮してデータ流通の新たなルールづくりに向けて各国と連携することを目指している。

IT業界とは

このようにIT化は別名デジタル化とも呼ばれるが、そもそもIT業界の内縁と外縁は今日極めて融合しており、まさにその境界は流動化していると思われる。
もともと、IT業界とは、情報処理産業一般を指すが、その領域はかなり広い。パッケージソフトウェアや情報処理のアウトソーシングを受託する業者や、通常SIerと呼ばれ、依頼企業の要請に応えて、SI/システムインテグレーションを実施する企業がその中核を占めると思われる。SIerは、その母体から区別して概要次の種類に分類される。(1)コンサルティング系、(2)メーカー系、(3)ユーザー系、(4)独立系である。
(1)コンサルティング系としては、アクセンチュア、アビームコンサルティング、タタ・コンサルタンシー・サービシーズ、フーチャーアーキテクトなどがある。
(2)メーカー系としては、富士通、 NEC、日立製作所、日本IBM、ヒューレット・パッカードなどがある。
(3)ユーザー系としては、NTT データ、野村総合研究所、伊藤忠テクノソリューションズ、SCSK(住商情報システムがCSKを吸収して2011年に誕生)、新日鉄住金ソリューションズ、 電通国際情報サービスなどがある。
(4)独立系としては、ITホールディングス、トランスコスモス、オービック、富士ソフト、大塚商会などがある。

AI/IoT/デジタル産業へのシフト

現在、IT産業における中核となる依頼企業の要請に応えて、SI/システムインテグレーションを実施する企業の他に、AI、IoTなどの流れのなかで、あらゆる産業がデジタル化しており、IT産業という名称では包摂しきれない産業分野が続々と勃興している。このような傾向に沿った形で、日本でIT人材が増加しているかを検討してみたい。
2020年卒の大学生・院生のIT業界への就職状況をみると、必ずしもIT業界への就職率は伸びていない。その原因は、企業の求めるスキルの基準が不明確であるという事である。社会のデジタル化が進み、ITスキルが求められるなかで、プログラミングスキル以外の基準は明確になっておらず、益々動きが激しくなっているIT業界での立ち位置に不安を覚えることが原因と思われる。

人材不足への対応

このようにIT人材の新卒からの参入が大きくない反動で、これらの人材の供給に大きく貢献しているのは、中途採用(キャリア採用)である。IT人材白書2019(情報処理推進機構)によれば、従業員30名以下の企業では中途採用の割合は、43.8%となっている。1,001名以上の企業では、M&Aや他社への出資で人材を獲得する中途採用は4.8%を占めている。また、同白書によれば、ユーザー企業におけるIT人材の不足は、2014年以降の調査でも毎年50%を超えており、2018年調査でも31.1%が大幅に不足しているとし、やや不足しているとしている54.3%を合わせると、85%以上の企業が人材不足を感じていることになる。

IT人材の年収とやりがい

IT調査データ年間(日経BP社)によれば、ユーザー企業とITベンダー全体の平均は、720万4000円(平均45.7歳)であり、民間企業に勤務する所得者の年間平均給与413万6000円(2013年)と比較するとかなり高い金額となっている。ところがIT人材からすればこのような比較的高い給与についても、過半数が不満であると述べている。この原因は、月間平均残業時間の30時間という数値に表れない時間外労働についての不満であろう。通常、IT人材は、ユーザー企業であれば、システム更新などのために休日夜間の作業が欠かせない。また、ベンダー企業の場合には、作業工数の見積もりが甘く、基準の作業以外の追加的な作業が日常的であり、プロジェクト管理の観点や業務状況により、予期しない長時間労働が発生することが往々にして発生することが多いため、ブラック企業の烙印を押されることが考えられる。しかし、上記IT調査データ年間によれば、仕事にやりがいを感じる人の割合は、6割以上を占めている。また、将来のキャリアアップとしても、ユーザー企業のCIOを目指すことも大いに考えられる。今やITに注力しない企業は淘汰される運命にあり、IT人材の将来性は十分に明るいと思われる。

このようなIT業界において、M&Aは、人材の確保や新規技術の獲得という業界のニーズを満たすための格好の手段である。

このような意味で、筆者が特に注目する最近のM&Aは次の通りである。

株式会社エン・ジャパンによるインドIT人材派遣会社の買収

2019年2月19日、株式会社エン・ジャパンは、連結子会社であるen-Asia Holdings Ltd.及びNew Era India Consultancy Pvt. Ltd.の2社にて、インドにおいてIT人材派遣業を行っているFuture Focus Infotech Pvt. Ltd.(以下、Future Focus)の株式を取得し、孫会社とすることを発表した。
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/enjapanhp/wp-content/uploads/20190219154856/190219_FF.pdf
エン・ジャパンは、海外展開において、中長期的に成長が著しいベトナムとインドにリソースを集中することを重点戦略とし、取り組んでいる。Future Focusは、インドにおけるIT派遣事業において20年の実績を持ち、IoT、AI、ロボティクスなど先端技術の教育にも力を入れ、積極的に新しい分野への投資を進めている。エン・ジャパンは、IT分野の事業を強化していくと共に、先端技術への対応を推進することで、グループ及びFuture Focusの更なる成長を目指し、今回の買収に至ったとのことである。
Future Focusの直近3年間の経常利益は、ほぼ毎年150百万円前後であり、純利益も毎年124百万円前後であることから、買収金額の約12.6億円は、妥当な金額と言えよう。

電通によるシンガポールのデジタルマーケティング会社の買収

2019年2月21日、株式会社電通は、海外本社「電通イージス・ネットワーク」を通じて、シンガポールのデジタルマーケティング会社「Happy Marketer Pte. Ltd.」(以下「ハッピーマーケター」)の全株式を取得することを発表した。
http://www.dentsu.co.jp/news/sp/release/2019/0221-009763.html
ハッピーマーケターは、2009年の設立以来、データ分析テクノロジーを活用したサービスを提供し、顧客の体験価値を向上させることで、高い評価を得てきた従業員55名の会社である。
現在ハッピーマーケターは、インド・バンガロール市にもサービス拠点を構え、東南アジアの有力デジタルマーケティング会社として成長を遂げており、Google、Adobe、Salesforce等の企業と強いパートナーシップを築き、デジタルマーケティング分野におけるコンサルティング、トレーニングを軸にしたサービスを提供している。
電通は、グループのグローバルネットワーク・ブランドの1つで、テクノロジーを活用したデータ分析に強みを持つデータマーケティング会社「Merkle」(本拠地は米国メリーランド州)のシンガポールにおける事業規模を拡大し、データ分析サービス機能を強化することを目的に今回の買収に至った、と買収の意義を説明している。

ピー・シー・エー株式会社によるビッグデータ業務ソリューション会社の買収

2019年3月27日、ピー・シー・エー株式会社は、ビッグデータ業務ソリューション等を提供しているKeepdateの株式の66.8%を取得することを発表した。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/9629/tdnet/1687254/00.pdf
ピー・シー・エーは、中堅・中小企業向けに基幹業務パッケージソフト『PCA会計シリーズ』をはじめとする『給与シリーズ』『商魂・商管シリーズ』等の展開を行っている。
Keepdataは、ビックデータの利活用、クラウドを用いたファイル共有システムに強みを有している。
ピー・シー・エーは、基幹業務のノウハウと組み合わせて新たな価値を顧客に提供するべく取り組んでいくため、今回の買収に至ったものである。Keepdateの事業内容は、マルチデバイス対応IoT/ビッグデータ高速検索、集計、形態素解析、テキストマイニング、見える化基盤の提供・ビッグデータのデータ利活用コンサルティング、データマネジメントシステムの提供・医療情報及び個人情報の匿名化及びトレーサビリティ、対応表の提供・クラウド型セキュアストレージ基盤とファイル共有サービス、ドローン運用管理サービスのOEM提供を業務としており、資本金3億3400万円、設立年月日 2009年11月で現在従業員が20名の会社である。注目されるのは、その直近3年間の経営成績である。

決算期  2016年10月期   2017年10月期  2018年9月期
売上高   82,461千円    93,641千円   119,850千円
営業利益 ▲75,515千円  ▲184,142千円  ▲232,203千円
経常利益 ▲77,661千円  ▲187,309千円  ▲261,278千円
当期純利益▲113,351千円 ▲305,628千円  ▲261,967千円

上記のように直近3年間の経営成績は連続して赤字であり、このような事実から株式の買収価格は、4400万円にとどまっている。このように新規技術を保有しているが、経営成績が振るわない会社を買収することにより、新規技術の取り込みと人材確保を図るという目的が数年以内で実現できるかが、M&Aの成果のみせどころといえよう。

M&A成功の秘訣

日本企業によるM&Aの秘訣として、IT産業においては、特に次の項目が重要である。
(1)合併後のシナジー効果が見込めるか。
(2)当事者の事業の補完性を生かした競争力の強化が図れるか。
(3)新規技術の強化を図ることができるか。
(4)M&A後の経営に従事する人材の確保が図れるか。

IT産業における人材の確保

上記に述べたように、現在デジタル化の流れはあらゆる産業において、あらがうことができずない大きなうねりとなっている。このような流れのなかで、IT人材の確保は急務であるが、新規の労働市場におけるこの分野での新規労働人材の流入はそれほど期待できない。したがって、既存の会社の買収、なかんずく海外企業の買収という視点も不可欠である。
このように、人材の確保という意味では日本国内における日本人、外国人社員の採用というにとどまらず、シンガポールやインドというようなIT人材が豊富な地域における企業との提携やM&Aは、魅力のある選択肢の一つである。この場合には、世界中から人材を集める程の魅力のある給与水準の確保と待遇が不可欠の要素である。上記にみたように、日本のIT産業の待遇は一般の企業からみて比較的高いとは言えても、データ分析やAIの分野ではまだまだ待遇改善の余地があると思われる。労働時間の適切な管理と共に、アジア地域におけるIT企業との人材獲得競争に日本企業が勝利しない限り、デジタル社会における企業の将来はない。

(了)

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